ギュンターりつ子さんの『ウクライナ・オン・ファイアー』の歴史的検証」をめぐって 

 

@・・・ボフダン・フメルニツキーとイワン・マゼパについても触れてはいますが、彼らは「ウクライナを建設しようとした愛国者」としてではなく、ひとりは「ロシアと一緒に国を建設」し、もう一人は「スウェーデン征服者の側に行こうとロシアを裏切った者」として描かれています。これが見事にロシア側からの視点であることが興味深いです。

 

@について:確かに、「全体として描かれているのはロシア(および2014年の「革命」によって倒された旧ウクライナ政府)の視点から見た歴史である」ということはいえるでしょう。現代に関しても、プーチンの発言する場面が何度か出てきます。問題は、その主張に明確な根拠(事実の裏付け)があるかどうかですが、映画の中にはその裏付けとなる事実がいくつも提示されているように受け止めています。

 

A1918年の第一次世界大戦が終わる年、レーニンが「革命の成果を守ろうとしてウクライナをドイツに渡さざるを得なくなり、ドイツがウクライナを保護領にした」とされていますが、これは正しくありません。1917年にはウクライナ人民共和国としてすでに独立していますし、翌年には中央同盟国とブレスト=リトフスク条約を締結し、ドイツ・オーストリア軍と共同してボリシェヴィキに勝利し、クリミア半島に至る広大な領土を手にしています。しかし、ストーン監督は独立国家を作った民族運動そのものを無視しているのです。

 

Aについて:この部分は、その通りだと思います。また、この運動には後の運動に見られるような残虐性・排他性は確認できませんでした。

 

Bストーン監督は、「スターリンは、ナチズムの前進から自分の国を守るためにヒトラーと条約を結んだ」と不可侵条約に触れ、この不名誉な条約は「ヨーロッパ諸国とドイツとの間で結ばれた多くの協定の一つに過ぎない」と言っていますが、これは正しくありません。ドイツがソ連と締結した不可侵条約とヨーロッパ分割に関する秘密議定書は、外のどの国とも締結していません。これは驚くような初歩的な間違いです。

 

Bについて:この場面は、「ヨーロッパ分割に関する秘密議定書を他の国も同様にドイツと結んだ」と述べているのではないでしょう。ソ連の結んだこの協定は、他のヨーロッパ諸国がドイツとの間に結んだいくつかの協定の一つ、と述べているだけです。

結ばれた協定の例として挙げられるのは、何といっても有名なミュンヘン協定でしょう

ミュンヘン会談(19389月末に、チェコスロバキアのズデーテン地方帰属問題解決のため、ドイツのミュンヘンで開催された国際会議)で結ばれた協定。イギリス、フランス、イタリア、ドイツの首脳が出席。ドイツ系住民が多数を占めるズデーテン地方の自国への帰属を主張したドイツのヒトラーに対し、イギリス・フランス両首脳は、これ以上の領土要求を行わないことを条件に、ヒトラーの要求を全面的に認め、1938929日付で署名した。

 

Cウクライナのナショナリズムは1941年に「突然」、ウクライナに侵攻してきたナチスとの「協調主義」という形で発生した、とストーン監督は述べています。確かにドイツ軍はウクライナ進軍の際にウクライナ国民から大歓迎を受けています。しかし、それがなぜなのか、忘れてはならない史実をストーン氏は省いています。1929年からのソ連が行っていた農業集団化(コルホーズ)で、ウクライナの土地は没収され、収穫した穀物の多くが外貨獲得のために徴収されて輸出されたため、19321933年にかけてウクライナは人為的大飢饉(ホロドモール)に見舞われました。これによってウクライナ人口の20%が餓死していますから、ソ連を恨んでいたのは当然のことであり、ウクライナ人はドイツ軍をソ連から解放してくれる救世主と歓迎したわけです。しかし、ストーン監督はホロドモールについての解説をしていません。

 

Cについて:映画では、「ソ連の支配により強いられてきたのでドイツ兵を解放者として迎え」という説明だけですから、不十分だといわれればその通りでしょう。ただ、映画の文脈で大切なのは、「ドイツ軍を歓迎し、それに協力したこと」自体ではなく、その後の行為(ウクライナ民族主義者組織=OUNが引き起こしたポーランド人とユダヤ人の虐殺)であること、この民族運動の指導者はステパン・バンデラだったこと、そして、現在(2014年以降)ウクライナ政府によって「ステパン・バンデラ」は民族独立の英雄とされているということです。この組織によるユダヤ人の虐殺、ポーランドのヴォリンと東ガリシアでの大虐殺は映画の中で生々しく描かれています。

 

〔資料〕20168月、首都キエフに、OUN-UPA(ウクライナ民族主義者組織-ウクライナ蜂起軍)の指導者の名を冠したステパン・バンデラ通りが誕生した。「ユーロ・マイダン革命」後、ウクライナでは非ロシアの一環として歴史の書き直しが進んでいる。

 しかしながら過度のウクライナ民族主義の強調は、国内分裂の火種となるばかりでなく、隣国との係争問題に発展しかねない。ポーランドは、大戦期におけるバンデラの組織の行為を「ポーランド人に対する虐殺」認定し、不快感を露わにしている。

 藤森 信吉 Shinkichi Fujimori

 北海道大学グローバルCOEプログラム(・・・)ウクライナ外交の専門家。

https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47668

 

また、キャノングローバル戦略研究所の小手川大助も「クリミア併合」に関わって、2014年以降のウクライナ議会・政府の状況、および「ネオナチ」の現在の政権との関係について次のようにまとめています。 

https://cigs.canon/article/20140513_2563.html

「ネオナチの政権からの排除」は(2022324日)現在、停戦交渉の具体的な対象としてあがっており、荒唐無稽の捏造というものではないのです。この問題は、映画の主題から見ても「枝葉」ではなく根幹をなすものです。