スウェーデンの高齢者ケア

 

施設よりも自宅で介護

高齢者の「自立」促す

 

早くから高齢化の進んだスウェーデンは、高齢者ケアの先進国として知られる。いま何に取り組み、何に悩むのか。ホームヘルパーの密着ルポでその実態を明らかにする。

 

ストックホルム中心部から地下鉄で約10分、スンドビィベリ市は人口25000人の小さな町だ。スンドビィベリ市は、ストックホルム県の中でも、高齢者が最も多いコミュニティとして知られる。中央駅付近には、手押し車を押しながら買い物をする多くのお年寄りの姿が見られた。

 市が提供するホームヘルプサービスを利用する高齢者は約580人。その一人、マイ・セーデルンドさんは87歳だ。16年前に夫に先立たれて以来、独り暮らしを続けてきたが、昨年の5月に転んで足を骨折、5週間の入院生活を送る羽目に遭った。リハビリを経て、補助器具を使えばゆっくりと歩行できるところまで回復したが、掃除や買い物には、不便が残る。退院時に市の認定士の訪問を受け、ホームヘルプ(在宅ケア)の認定を受けた。

 

 朝50分と夕方30分。これが、マイさんに必要であると認定士が認めたホームヘルプだ。身支度やシャワーの手伝い、ベッドメイキングを毎日、加えて1日置きの掃除と週に1度の買い物。「料理は自分で作れるので助けはいらないし、過に3回ほど、お友達と(トランプの)ブリッジをするために近所に歩いて出掛けるのも、1人で大丈夫」。マイさんはそう言ってほほ笑む。

 

 66歳から年金給付を受けているマイさん。「1カ月の年金収入は約3000クローナ(1クローナ=約17円)ほど」と言う。ホームヘルプサービスに払うのは月1614クローナで、これはスンドビィベリ市が定める自己負担額の上限だ。「飼い猫の餌が少し高いけど十分に生活できますよ」(マイさん)。

2002年からスウェーデンでは、高齢者ケアの利用者負担の上限額が定められた。さらに最低限の生活を送るために、お年寄りが必要な所持金を持つことも保障されている。

 

 マイさんの下に通うホームヘルパーは、アネッート・リンデルさん(40)。一昨年からこの仕事を始め、マイさん宅近くのアパートに住んでいる。

 この日は、朝8時半に 歳のアンナ・ブリットさん宅、92歳のマイヤさん宅を訪問した後、マイさん宅を訪れた。3軒とも歩いて5分以内の距離にある。スンドビィベリ市が碇供するホームヘルプサービスは、月30時間前後(上記表のレベル45)の利用が多い。つまり、マイさんらのように、124回の訪問で、合計 〜90分というケースだ。そのため、多くのヘルパーは、134軒を訪問している。

 

 リンデルさんはホームヘルプの仕事を1812時間、週45日行っている。月収は税引き後約6000クローナ(約102000円)。スウェーデンでもヘルパーの待遇は決して高くない。「私は専門の学校に通って勉強したわけではないし、お年寄りが好きなので、不満はないわ」(リンデルさん)。

 

 スンドビィベリ市のホームヘルプサービスは、124人のスタッフ(うち80人はパートタイマー)を抱える。市内6カ所に事務所が置かれ、各エリアに住む高齢者へサービスを提供している。「生活圏ごとに高齢者に必要なサービスを把握している」(田村明孝タムラブランニング&オペレーティング代表取締役)点が、スウェーデンの大きな特徴だ。

 

 スタッフのスケジュールは、ユーザーの利用時間に合わせて、8週間ごとに作成される。マネジャーのアンーソフィ・ルドルフ氏は言う。「日本からも数多くの視察団が訪れるが、最も関心を示すのはサービスが時間単位のシステムになっていること。彼らは、シャワーに何分、投薬に何分など、どのように決めているのかと質問してくる」。

 

 ユーザーの利用時間を決めるのは、市の認定士だ。日本のように全国共通の基準はなく、1時問ほどの訪問によって、相対で決められる。だが、多くのユーザーは決められた利用時間の延長を希望するという。おそらくそれは、もっとコミュニケーションの相手をしてほしいからなのだが、ルドルフ氏は「ホームヘルパーの仕事は、高齢者と一緒にお茶を飲んだり、散歩に行ったりすることではない」ときっばり断言する。

 

 施設から自宅介護へ。これがスウェーデンにおける高齢者ケアの大きな流れだ。日本で言う特別養護老人ホームのような「特別住宅」は、5年前から約1万床以上を削減しており、入所までに3カ月以上待つこともざら。こうした重度の高齢者でも、ホームヘルプやショートステイを組み合わせて対応しているのが実際だという。コスト削減という側面に加え、スウェーデンの介護が、高齢者の自己決定権や残存能力の活用を重視している結果でもある。

 

 「自分でできることは自分でやらせる。効率化を進めて、サービスはより重度の高齢者に置く」(スウェーデン福祉研究所のマネジャー、イヤミル・エストベリ氏)。ホームヘルプを受ける前に、シャワールームの改修や段差の解消など、高齢者が独りで暮らす際の不便をなくすための住宅改修認定もある。集合住宅では、平均9000クローナの補助金を受けられ、毎年6万人の家で改修が実施されている。

 

民営化率は10%だが今後増える可能性も

 

 スウェーデンでは市町村が高齢者ケアに大きな責任を持つ。市町村の歳出の80%が福祉・教育費だ(39ページ参照)。さらに高齢者ケアの質の保障も市町村の責任。スンドビィベリ市でも、定期的にホームヘルプ利用者に対するアンケートを実施する。直近の調査のグループ平均は、ユーザー満足度で42点(5点満点)と高い評価だった。

 

 民営化のスピードは、日本とは比較にならないほど緩やかだ。1990年代から民営化が導入されたが、全体の民営化率は約10%。ただ、市町村によって取り組みに差がある。

 

 スンドビィベリ市には三つの介護施設があるが、最近二つが民営化された。

 スウェーデンでは民営化されてもスタッフはそのまま残る。同じ仕事には同じ賃金″という連帯賃金の伝統があり、公営、民営でもスタッフの時給は変わらない建前もある。

 

 それでもルドルフ氏は、ホームヘルプが民営化されれば、スタッフの給料に影響が出ると懸念する。多くのヘルパーは、ケアの合間に事務所に戻るが、給料はフルタイムで計上されている。だが民間は、これらを分割してパートタイム労働として給料を計上するケースが多いという。「そうなれば、月に約20003000クローナのマイナスになる。スタッフの満足度を維持できるかどうか」(ルドルフ氏)。

 

 現在、スンドビィベリ市のホームヘルパーの勤続年数は平均12年。多くは、4050歳代の女性だ。今のところ、人手不足には悩んでいないというが、人材確保は今後大きな課題になるはずだとルドルフ氏は言う。