民主的な力  (スウェーデンの討議民主主義)

オルタ「北欧神話?」より

 

 スウェーデンの「民主主義」から学べることは何でしょうか。

 どうまとめたものか迷いましたが、ここでは雑誌オルタの「北欧神話?」に掲載された 佐藤氏の一文:「社会」のための政治−討議民主主義の実践−を、あまり解説を加えずに要約・引用することにします。 

 

〔以下は前半部分の要約・引用( )内は引用者〕

 福祉国家、環境政策、高齢者福祉、年金改革、経済政策……。スウェーデンは小国にもかかわらず、様々な分野で世界的な注目を浴びてきた。

他の国が取り入れていない政策を率先して実行しているという意味で、日本では「実験国家」という言葉が使われたり、多くの視察団が個別分野の調査のためにスウェーデンを訪れている。

Q 視点として大切なことは?

枝葉末節における各制度の詳細を追うだけではなく、スウェーデンが多くの政策分野において「実験国家」であり得るのはなぜかという根本的な問題に目を向けること

Q 一つの答えは?

各政党の「マニフェスト」を叩き台にした具体な政策論議と「政治主導」による政策の実行

政治家と有権者とメディアの間の緊張関係のなかで、各政党が具体的な政策提案を示した上で議論を行い、最終的に説得力のある提案が選ばれ実行されている

Q 具体例は?

事例1:2006年度の選挙戦
 

 ITバブルの崩壊に伴う一時的な停滞の後、スウェーデン経済は04年から05年にかけて大きく回復 → しかし、雇用はほとんど上昇せず、雇用なき成長の現象が顕著になっていた

テレビのあるニュース番組には、与党・社会民主党の担当大臣が招かれ、ジャーナリストがその責任を厳しく追及

大臣は「失業者の職業能力が不足しているからだ。いま必要なのは、企業が求めている有能な人材を育てるための教育だ」と述べ、大学教育や職業訓練の充実を約束した。

 これに対して、
保守を掲げる野党・穏健党の党首は、(・・・)「一番の原因は、所得税が高いためせっかく働いても稼ぎの多くが税金として持っていかれるうえ、失業手当が手厚すぎて求職意欲が阻害されていることだ」と述べ、勤労所得にかかる所得税の引き下げと、失業手当の給付水準の切り下げを主張した。「アメとムチ」の政策で人々の求職意欲を高め、失業率を引き下げようと主張

 一方で大きな問題も抱えていた。実はその四年前の総選挙では一兆円規模の大掛かりな減税を公約に掲げたのだが、(・・・)
討論番組で「その分の歳出をどこで減らすつもりなのか?」とジャーナリストや他の党に問われ、明確に説明することができなかった → 次第に穏健党は「信憑性のない公約を掲ぜ、高所得者ばかりを優遇する党」という印象を強め、大敗

 その後、穏健党は慎重な政策提案づくりを心掛け、
減税をする場合も社会保障システムを危うくするような大規模な減税は行わないことにした

また、高所得者ではなく低・中所得者層の所得税を主に減税するなど、事業者や高所得者を主な支持基盤としてきた党としては大々的な路線転換を行い、念願の政権交代を実現した。

Q スウェーデンの政治において重視されることは?

数字を交えた具体的な議論

減税を主張したければ、その穴埋めをどうするか、そして、どの歳出項目をどれだけ減らすのかを明確に示さなければ、他の党やジャーナリストに鋭く突っ込まれる。

社会的論議と説明責任

Q 報道機関が果たしている役割は?

報道機関は日々の事件や話題だけでなく、社会に潜む問題を深く掘り下げ伝えている

テレビやラジオは、ある政治的・社会的な問題が話題になると、関係省庁の大臣や長官を呼ぶ。そこで彼らの責任を追及しては見解を求めたり、どんな対策を講じる用意があるのか厳しく問い詰める。

 これは、行政の責任者の立場からすれば、常に説明責任を求められているということになる

Q 社会的議論の意義は?
 メディアを通して「公共」の名に耐え得る場が形成され、多様な論議が形成される

討論において批判に耐えられなかった政策主張は再検討を余儀なくされる → こうしたやり取りのなかから、次の総選挙に向けた政策マニフェストが次第に形作られていく

選挙戦では各党のマニフェストに記載される「政策パッケージ」を叩き台にしながら、有権者をいかに納得させられるかが勝負となる

 

〔前半部分の引用は以上〕


〔コメント〕
 上記の「報告と考察」によれば報道機関の力が大きな意味を持っていることになりますが、当然その背景にはマスメディアに対してそのような役割を要求していく国民の民主的な力があるのでしょう。


〔ここでは、「活発な討論⇒斬新な制度改革の実現」という実績の積み上げと、国民の民主的な公論形成の力がいい意味で循環しているように思われます。〕

 なお、このたびたまたま参院選の最中に日本に帰国していた佐藤氏が、日本の選挙報道に対して抱いた印象はこちらです。日本ではなぜ「根本的な制度改革」にも関わるような討論(⇒公論形成)ができないのか、原因の一つがわかりますよ。                      

 

支持獲得−政策による競合
  

  「社会」のための政治−討議民主主義の実践−より(続き)

〔以下は後半部分の一部引用〕 

 事例2:育児休暇の取得

  スウェーデンでは「育児休暇保険制度」が早い時期から導入された。74年からは世界で初めて、父親でも育児休暇を取得できるようになった。育児休暇は現在では480日(16ケ月)に延長され、そのうち2ケ月分は父親でなければ活用できない。

Q その結果は?

近年では育児休暇を取る父親の割合が次第に上昇してはいるものの、取得日数で見ると父親の割合はまだ20パーセントに過ぎない(05年)。

 この間題は、中央統計局や各種行政機関、労働組合などが報告書の中で指摘し、03年ごろから大きな政治問題となっていた → この問題をメディアは各政党突きつける → 各政党は競うように独自の提案をした

〔内容のまとめ:各党の状況〕

・左翼党・・・育児休暇を父親と母親で完全に二分割し、夫婦間で融通できないようにすべきだと提案
・環境党・・・二分割では現行制度からの変化が急激過ぎるとして三分割案を提案した。(16ケ月の三分の一ずつは母親と父親のそれぞれに固定し、残る三分の一の配分は夫婦が自分たちで決められるようにする)。
 
※経済的な側面の指摘・・・育児休暇中は給料の80パーセントが国から支給されるが、月額約33万円までという上限つき⇒平均的には男性の所得が高いため、夫婦間で合理的な計算をすれば、低所得の母親が育児休暇を取る方の損失が少ない。夫婦間の偏りはこれが原因だ。

・社会民主党・・・父親が育児休暇を取っても給料の80パーセントに相当する給付がなるべく受けられるよう、給付額の上限引上げを提案。
・自由党と中央党・・・夫婦のうち給料が高い方(多くの場合、男性)が育児休暇を取得した場合、所得税の課税に際してもう一方の親の所得から約4万円を控除することで、父親が育児休暇を取得するデメリットを軽減すると提案。

・穏健党・・・国が個人の生活に政策介入するという考えに否定的。当初は育児休暇保険の給付期間を短縮し、給付額も減額することを主張していたが、メディアや国会を舞台に激しい討論が展開されていくなかで世論の支持獲得が難しいと判断し、撤回。

Q この議論はどのように展開したか?

 このように問題解決を目指す多彩なアイデアが国民の前に提示され、それがディベートを通じて切磋琢磨される → 一部のアイデアは淘汰されていく一方、「実験的」な政策提案でも具体化して実際に実行される可能性が生まれてくる

 スウェーデンの政策論争や選挙戦は具体性があるため、見ていて非常に面白い。

各党が選挙前に発表するマニフェストには、細かい分野で、それぞれどんな政策を掲げているかが、詳細に書かれている。そのため、有権者は自分がどんな政策に票を投じているかが明確に分かる。

スウェーデンにおける政党の「公約実現率」は?

 過去10年間を振り返った調査によると、政権党の公約の7割から8割が実行されてきたう。

 

Q 日本の場合は?

 日本でもマニフェスト選挙という要素が若干は入ってきたとはいえ、抽象的な公約しか掲げられないことが多く、また候補者個人の人柄ばかりに焦点が集まりがちである。

現在の政治報道を見ていても、政治とは人間同士の権力争いなのだという印象がもっぱら伝わってくる。

Q 政治不信の背景は?

 
後期高齢者医療保険制度や裁判員制度、労働法制の規制緩和といった物議を醸す政策がいつの間にか導入されることが決まり、その途端に国民は目覚めたかのように政府批判を行うことがよくある。

Q スウェーデンの場合であれば?

まず選挙の争点となったり、他にどのような政策的選択肢があるかがメディアを舞台に十分に議論された上で導入されていただろう

Q 「実験国家」が成立しているその他の背景は?
 スウェーデンの選挙制度は中選挙区の比例代表制度であること

有権者は政党に投票し、各政党には得票率に応じて議席が配分され、比例代表名簿の上から順に当選者が決まっていくという制度。

Q 政治とは? 大切なことは?
 政治とは有権者との緊張関係の下で、社会を望ましい方向へ導いていくことであるはずだ日本では「政治主導」という言葉が今日盛んに聞かれるが政治がリーダーシップを発揮するためには、政治家が明確なビジョンを持つよう私たち有権者が要求しなければならないだろう。

 

〔後半部分の要約・引用は以上〕


〔コメント〕

 「各種行政機関、労働組合などによる指摘」を出発点に各政党が競うように提案をまとめ、公の論議が行われるというのが非常に興味深いところです。

 「政治がリーダーシップを発揮するためには、政治家が明確なビジョンを持つよう私たち有権者が要求しなければならない」という佐藤氏の主張はまことにもっともだと思われます。そのような
「民主的な力」を有権者が獲得していくために行われている教育や実践については、Mr. Hot Cakeさんがいいサイト〔『スウェーデンの政治 〜デモクラシーの実験室〜』(岡沢・奥島編、早稲田大学出版部)の要約〕を紹介してくださいましたので、ぜひご一読ください。

 

 いずれにせよ「活発な討論⇒斬新な制度改革の実現」という実績の積み上げと、国民の民主的で健全な公論形成の力との好循環に学べるところは大きいように思われます

 

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