〔「不都合な真実」についての判決に関する総括的なコメント〕

   Burton判事の判決(イギリス高等法院)について検討した結果、私が判断できることは「ゴアの『不都合な真実』に対する判決としては妥当でない点が多い」ということである。率直に言って、映画の中でゴアが断定してもいない事柄に対して「科学的に立証されていないので断定できない」とするものが多い。日本で伝えられている「映画に9つの科学的な誤りがある」という情報はほぼ誤りであると言っていい。ただし、確かにドキュメンタリー『不都合な真実』の全体的な文脈の中で「さまざまな現象の唯一の原因は温暖化だと断定できる」という具合に「映画を見る側が誤解する」可能性はある。(判決内容も「誤解を招きやすい表現があるから注意せよ」ということであれば、妥当なものとして納得できるのだが…)

 したがって、学校で上映する際に一定の補足説明が必要だ、とはいえるであろう。具体的には

@グリーンランドの氷河が溶けるか滑り落ちるようなことになれば海水面が6メートル上がるのは事実だ。しかし、そのような事態が今世紀末までに起こる可能性は低い、と多くの科学者は判断している。

Aゴアは、温暖化が原因と思われるさまざまな事象を映像を用いて挙げているが、温暖化が唯一の原因であるとは科学的に証明されていないし、ゴアもそのように断定はしていない。

B一箇所、事実誤認と思われる点がある。

(北極熊が「泳ぎ疲れて溺れ死んだ」という事実は確認されていない)

  以上のような補足説明と一部訂正を入れれば充分であろう。日本で伝えられているように「科学的な誤りが9つある」といった説明をするとすればむしろ誤っている。 

〔項目ごとのコメント〕 

1.  Burton判事は、この映画の核となる主張には同意するものの、近未来に海水面が上昇するというのは極端な主張である(それは1000年、いや、それ以上先のことだろう」)と述べた。

(コメント)

 本文で述べたように、この点について断定はできない。あくまでも「数メートルの海面上昇について現時点では可能性が低いと考えられている」ということである。「日経エコロミー」のコラムで安井至も、「起きない可能性が高いが、なんとも言えない。世界的な温暖化防止策が不成功に終わると、3mぐらいの海面上昇を覚悟しておくべきだろう」と述べている。

なぜか。「北極海が極度に温暖化し、グリーンランドの氷の融解が急速に進むことはないと断言できないからである。」IPCCが第4次報告で気温上昇の最悪の予測を6.4℃に上方修正したのも理由がある。それは、永久凍土の氷解も含めて炭素循環の負の連鎖が加速していく可能性があるからである。数メートル規模の海面上昇の可能性について、「断定できない」背景にはそのような現状がある。

図入りのPDF

事実、「約12万年前の間氷期に、氷床崩壊により数十年間で海面が3メートル程度上昇した。」とする研究結果が、2009年4月16日発売の英科学誌ネイチャーに掲載されている。 


  
2.判事は、「温暖化が原因で太平洋に浮かぶ島(環礁)が沈んでいるという主張は証拠による裏付けがない、避難が行われたという証拠もない」と述べた

(コメント)

 大潮の際に、「ツバル」は水没する状況が生じている。ゴアの言う「避難しなくてはならなくなっている」状況は現実にある。ただし、現実に行われている「ツバルからニュージーランドへの移住」の理由は水位の上昇だけではない。(ニュージーランドで職を求めるなど経済的な理由もある。)客観的に見て大潮の際の水位の上昇、波などによる被害は出ており、「(全員がそうではないが)水位の上昇が原因で移住する人も出ている、」とは言えるであろう。 

 確かに、「海岸付近で大潮の際に水没する状況が生じている」原因には安井至が指摘しているように複合的な要素がある(考えられる別の要因としては、生活排水や砂の過剰採取によるサンゴ礁の防波堤としての効果の減少など)とはいえるであろうが、温暖化の影響が無いとは断定できない。


3.判事は、ゴアが映画の中で「メキシコ湾流は停止する」と述べているが、この内容に対して科学者は同意していない、と述べた。
(コメント)

 DVDを何度見てもゴアは「メキシコ湾流は停止する」と断定していない。気候の突然の変化の可能性について「過去の事例(海流の停止→氷河期へ)」を取り上げて述べただけである。確かに、書籍版の『不都合な真実』には「カリー博士は“温暖化のせいで北大西洋の海洋循環が21世紀に崩壊するなんてあり得ないとはいえなくなる”と述べた、」という記述がある。しかし、「停止することが科学者の合意だ」などとゴアは言っていない。


4.判事は、ゴアが映画の中で使用している、「過去65万年の二酸化炭素と地球規模の気温の変化」を示したとするグラフの読み取り(両者の完璧な一致)に疑いを投げかけた。

 図入りのPDF

 

(コメント)

 ゴアの発言は次のとおりである。「ふたつはとても複雑な関係にありますが、何よりも密接な結びつきはこういうことです。CO2の濃度が上がれば気温も上がる。」この発言にはなんらの科学的誤りも無い。グラフを見れば両者(二酸化炭素と地球規模の気温の変化)の関連性は一目瞭然であろう。「全般的に関連性がある」ということについては科学者も合意している。

 判事は「完璧な一致は断言できるものではない」といっているが、ゴアが述べた趣旨は「まるで南アメリカ東岸とアフリカ西岸の凹凸のように一致する、」ということである。

 

5.判事は、映画の中で「チャド湖が干上がってしまったのは地球温暖化の壊滅的な結果の典型的な例として扱われている」としているが、判決では、他の可能性の方が高いと述べた。

(コメント)

 ゴアの発言をそのまま引用する。「皮肉なことに温暖化は洪水だけでなく、干ばつも起こします。温暖化が世界的に降水量を増加させるだけでなく、降水地域を移動させるからです。特にアフリカのこの地域に集中しています。」「状況を悪化させてきた原因の一つが水不足と干ばつの拡大なのです。」「地表の蒸発は温暖化によって加速されます」この発言自体に何の間違いも無い。書籍版でもゴアが述べているのは「雨が減る一方で人間の使う水の量は増えているためチャド湖の枯渇が起こった」ということであり、温暖化が唯一の原因であると言っているわけではない。判事は「人口増加や過放牧、地域の気候変動といった他の要因の結果であるという可能性が高い」と指摘するが、両者の主張は全面的に対立するわけではない。また、他の要因があるにせよ、「地表の蒸発は温暖化によって加速される、」というゴアの主張が誤っているなどとはいえない。地域的な要因と地球規模の「温暖化」との両方が湖の枯渇に影響している、と考えるのが妥当であろう。


6.判事は、映画の中に登場する、アフリカ最高峰のキリマンジャロの雪が後退しているのが温暖化によるものであるという主張にも「科学的に立証されていない」と述べた。 

(コメント)

 ゴアは「各地でその(温暖化の)影響が出始めています」と述べて多くの事例を挙げる。ここでゴアが述べているのは、山岳氷河の減少など世界中で大きな変化が生じており、その背景としては「地球温暖化の影響」がある、ということであって、「個々の現象(たとえばキリマンジャロの雪の減少)と地球温暖化の厳密な因果関係が科学的に立証された」などとはひとことも言っていない。

 一般論としても、個々の事例と「温暖化」の因果関係を立証することは、非常に困難だと思われる。しかし、世界中で起こっている様々な変化と温暖化とが関連している可能性は極めて高い、というのがゴアのメッセージ(趣旨)であろう。

 キリマンジャロの場合も「地球温暖化の影響はない」という断定的見解よりも、地域的な要因と地球規模の「温暖化」の両方が関連していると考えるほうが妥当である。

(ちなみに、そのような観点から「キリマンジャロの雪の減少」を写真入りで掲載している「環境問題の参考書や解説書」はいくつもあるようだ。〔『地球環境館』(小学館)など〕)

 

7.判事は、アメリカで起きたハリケーン・カトリーナが温暖化の影響によるものとの主張にも「それを示す証拠は不十分」と疑問符を付けた。

(コメント)

 これも、上記と同様である。ゴアは「集中豪雨の増加、台風やハリケーンの増加や強大化」という現実の事例を示しつつ、地球温暖化との“関連性”を指摘しているのであって、「個々の事例と地球温暖化の厳密な因果関係が科学的に立証された、」などとはひとことも言っていない。 

 実際に、ゴアは海水温の上昇のグラフを示して「海水の温度が上昇すると嵐も巨大化します」と言っているが、ハリケーンなどの強大化と海水温の上昇が関連している可能性は高い。IPCCも第4次報告で「極端な高温や熱波、大雨の頻度は引き続き増加する可能性がかなり高い」「熱帯域の海面水温上昇に伴って、将来の熱帯低気圧(台風およびハリケーン)の強度は増大し、最大風速や降水強度は増加する可能性が高い」としている。全般的な異常気象と「地球温暖化との関連性」については、(因果関係の完璧な立証は無理であるとしても)ほぼ科学者のあいだで合意が成立しているのである。

 

8.判事は、北極海の熊が温暖化が原因でおぼれ死んでいるという主張は「事実ではない」と述べた。

(コメント)

 発見された4頭の北極熊が溺れ死んだ直接の原因は「嵐」だということで、これについてはゴアの事実誤認であった可能性が高い。

 ただ、全体の文脈の中でゴアが強調している「北極海の氷冠(氷山)が急速に縮小しつつあることと、そのメカニズム」については、2007年8月17日の各紙の報道でも明らかにされた事実=「北極海の氷の縮小がIPCCの予測をはるかに超えた速度で進んでいるという事実」によって証明されつつある。重要なのはむしろその事実の方であって、先の「誤認」をとりあげて「『不都合な真実』の内容が疑わしい」といった論が横行するのは問題であろう。

北極の氷冠が急速に溶けるメカニズム

 『不都合な真実』ランダムハウス講談社より 

 

9.判事は、珊瑚礁の白化が温暖化によるものという主張にも疑問を投げかけた。もっと事実は複雑であると彼は述べた。

(コメント)

ゴアが述べたのは、「温暖化と珊瑚礁の白化との“関連性”に疑いをさしはさむ科学者はいない」ということであって、温暖化以外の複雑な要因(海洋汚染や海の酸性化等)が存在しないなどとはひとことも言っていない。

DVDの付録についていたゴアのコメントでも「海の酸性化の影響も強いことがはっきりしてきた」とあり、書籍版『不都合な真実』には次のように書いてある。「(珊瑚礁の白化が生じるのは)海水温が上がるためばかりではない。このような(CO2)排出量の3分の1までが最終的には海に吸収されるため、海水の酸性度が高まっているからだ」と。

「酸性化や海水温の上昇等」によって珊瑚礁が大きな被害を受けることになれば、海中の二酸化炭素を吸収して炭酸カルシウムを作っている重要な珊瑚礁の機能も打撃を受ける。温暖化の悪循環にもつながるのである。 

白化したサンゴ

 『不都合な真実』ECO 入門編 ランダムハウス講談社より 

 (マーシャル諸島ロンゲラップ島のサンゴ礁) 

                                           

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