第4章                目標づくりの組織論

 

一 目標決定の方策(ストラテジー)

 人的能力開発計画

Q 政府主導の「人的能力開発計画」とは?

A 1960年代から歴代政権が実行に移した「長期総合教育計画」。「教育投資論」ともよばれ、日本の人づくりを一変させた。「国の社会・経済の発展を見通した、長期的な総合的な教育計画」。この計画は「イデオロギーを超え」「自己目的を持たない」と主張された。

 

 国土総合開発計画の現場での事例

 〈教育〉を論じる事例として、「環境権」その他いくつかの人権概念を発展させた地域住民運動の現場をえらび、これに参加していた教師たちの新目標計画論を分析。

 

二 下北での経験

 自然像の弱点

 青森県下北地方(新全総の巨大開発・工業化に地域住民運動が対峙)

「下北の私たち教師のかかえている問題は、公害の予防であり、地域の生活と自然を守ることであり、それを教育の中でどう扱うかということである」

「社会・理科の分野で住民運動の中で学んだことを教材化」

「子どもたちが自分の生活の場を深く見つめ、現実を直視し、将来に向かっての世界観を自己形成することを願っている」

「地域の抱えている問題・課題を普遍的な科学の問題とつなげて考え」る。

                    実践記録集『やませ』(青森国民教育研究会編)

「自然を大切にしましょう」という心がまえの教育だけ×→心がまえの基礎となる科学的な自然像と環境概念を築きあげる→生物教育を「生態系の進化」という概念を軸に系統化

 

還元の概念

 生態系としての「森林」の進化・・・「分解」という自然の作用が生態系とその進化の中で重要(永続的な生存と不可分な学力)→菌類は「分解者の中では肉眼的で、その働きも子どもにわかりやすい」→菌類を「第三の生物群」として正当に位置づける

 

「住民運動から学んだこと」がヒントに→「人間社会(特にこの時代=「高度成長期」)では、生産と消費だけが重視され、還元は軽視→環境の破壊」

還元の役割を果たす人々への蔑視 共通性 菌類の軽視

(植物は生産者、動物は消費者、菌類は還元者・・・生態系の中でそれぞれの役割を果たす)

 「生態系における還元の概念」を目標内容と評価項目に正当に位置づける

→ 地球の危機が問題となる時代の(グローバルな展望を持つ)学力保障の運動

 

 住民運動の要件

 住民運動による地域の社会計画過程に注目→新しい学力モデルと目標内容を引き出す

Q 住民運動が真の「計画主体」に成長していくためにそなえるべき主体的条件は?

A1 系統的で持続的な学習活動を運動の中に位置づけ、拡大すること(田村武夫)

A2 社会計画の策定主体であると同時に「市民の共同学習体」となること

教育目標内容のできは、このような国民の「学校」が作り出す大人の学習と発達に関わる

 

三 鶴岡での経験

 教師誕生

 鶴岡 地域の生活協同組合運動をやっていた主婦たちが、運動の一環として、子どもの教育活動の組織化にのりだす→地域の教員組合、民間教育研究団体の教師にも働きかける

〈鶴岡地区の教育運動〉

1、「授業を対象とする実践検討の必要性」に立って組織された授業研究のグループ

 (宮教組の教育文化活動、教育科学研究会、歴史教育者協議会、科学教育研究協議会、

数学教育研究協議会等、民間教育運動とも重なり合い、その交流の場・・・)

2、「普段着で教育を語る会」教職員主催の会に民主商工会婦人部のメンバーが参加

→(1)「学校」的視角からは見えてこない親の発見、(2)「教室」的視角から見えていな

かった子どもの発見、(3)二つの発見を踏まえての教師誕生

「語る会」→「つるおか子どもを守る会」が誕生→鶴岡生協運動と協力しながら「地域の教育運動」を盛り上げる

 

 生協運動と民間教育運動

 「地域の消費者、住民の自主的運動として取り組み、その運動を支援する・・・」

 「少年少女夏の集い」という集会を70年代に継続→教育活動センターを設立「学校の中でやれない子どもの教育のことをここでやっていこう」(14・5名の現場教師が参加)

 二つの流れ(授業研究グループと生協の活動)が合流→「つるおか子どもを守る会」

 ちびっ子学園(「守る会」主催、「民教連」協力)、少年少女のつどい、高校生のつどい

ちびっ子学園 夏休み 「自然を教室と教材に」「生活と地域の具体を教材に」学習

例)月山の雪と庄内平野の稲、庄内砂丘のなりたち、強い植物と弱い植物、パン作り、討論会(学校生活をどうつくっていくか)、料理つくり、キャンプファイヤー

 

Q これらの実践の特徴は? 

A 教材と目標内容を区別せず、目標を追求すること

Q これらの実践の反省は? 

A さまざまな活動の場があり、創造もあったが、いろんな事をつなぐ意識的な核づくり、集団づくり、学習が足りなかった(有機的連帯と長期的展望が弱かった)

〈→地域の民教連の教師たちは、自分たちの活動の場を共立社鶴岡生協の進める教育センターの活動(子ども文庫の開設、習字練習会、昔話を聞く会、手づくり教室等)に求める〉

 

 生協での活動という住民運動

Q 民教連の教師と生協との連帯が成功した要因は?

A1(生協が)若い組合員の要求に応え、班活動を活性化するために、子育てと学校の問題への取り組みを強化する必要があったため

 生協は消費者団体  政治課題や教育課題を無媒介にかかげて運動することはできない

 しかし、鶴岡生協は地域の教育運動をその内部に含み、新しい教師集団を育てている

 鶴岡生協は活動基盤を「消費単位である家庭とその主婦(主夫)層」に求め、地域ごとに5〜6人で班にまとめ、班会議・班活動を絶えず行っていた。

 班会議は1時間が「学習や話し合い」で、1時間が「販売」

 「共同の台所」、「ただの大学、月謝のいらない大学」

 

 生協・家庭・学校

生協は組合員が創っていくもの→鶴岡生協は特に班という組織を大切に・・・

 組合員(家庭主婦)の意見の「聞き入れ」→育児と夫の世話の場であった家庭を社会化→公共社会に開かれた「生活向上・防衛」の空間につくりかえる→国家と自治体に向かって意見を出していく住民(新「主婦」)の誕生→学校体系と教師をおのれの言行の射程におさめる→(活動が)学校での人づくり分野に及んでくる

 

「生活」という人間の棲み家(これまで企業と現代国家によって空洞化されてきた棲み家)を生命の息づく場に再生することが大切(再生の力量を持つ「生協」)

 

四 「開発・住民運動・教育課程」問題の、国家による総括と住民による総括

教職員組合の学習

 

人間能力開発計画(企業社会計画人づくり無媒介に結び付けようとする)の破産

そのあらわれ・・・資源の枯渇、環境破壊、こどもの登校拒否、いじめのひろがり等々

 

Q 「人権と生活防衛の運動」(各種の住民運動)を立論の前提にした新しい動きとは?

A 日本教職員組合が委嘱した教育制度検討委員会の報告書『現代日本の教育改革』1983自然との共存をめざす教育を 人間と自然との新しい共存共栄・・・をめざして自然を理解し、・・・自然を愛し、・・・次の世代に豊かな自然を伝えていくことがいま切実に・・・

国家の学習

「公害学習」を実践していた教師は「総合学習」を提唱(日教組教育研究全国集会報告集)

「公害学習が、自然科学認識と社会科学のそれとの統一の上になりたつことは、分科会設営当初から自明のことであった。・・・公害学習のもつ総合的性格・・・」

総合学習はそれぞれの教科で習得した分析的学力を総合し、これを応用して実生活上の課題や問題にとりくみ、またこのとりくみによって教科による基礎的な学習を一層必要と感じ取れるようになるものとして、一応他の教科とは独立の領域として設定する

(日教組が委嘱した教育制度検討委員会の第三次報告書)

 

文部省も「新しい総合科目」を設ける意向を表明(教育課程審議会 中間報告 1975年)

 「公害学習」実践の国家による学習の結果・・・

 

 全国校長会は反対(誰が担当するかをめぐる教員の反発が理由)

 教育課程審議会の答申を受け取り実施に持っていったのは文相永井道雄(哲学・社会教育学の教師、ジャーナリストを経た学者文相で審議会の民主的な議論にも影響を与えた)

「環境教育は、人間にとって身近な問題から、人類の資源や食糧など大きな問題をふくむものであり、これまでの教育の根幹に迫る問をなげかけている」と書いた

 

学校知を超えるもの

 「答申」を受けて指導要領改定→『現代社会』と『理科T』が誕生(高校の現場は抵抗)

 現代社会冒頭「現代と人間」の学習内容(237頁)の二つは「公害学習」運動が取り組んできた問題。国連の人間環境会議(72年)の各国政府への要請の一つが「環境教育」。

 

 新学習指導要領が「住民運動と教育課程」に学ぶ→既成の知と体系では解ききれず、既成の教科と学校知の枠組みに入りきらない新しい知の体系・総合科目を求める

    1930年代の生活綴方運動・・・「生活学」と新しい「知」の体系を提案

    6070年代の「公害教育」運動・・・新しい知の体系とそれもりこめる新教科を要求

→ 学校体系全体にわたる目標内容論、学力モデル、指導過程の再編成が要請される

 

五 なぜ「住民運動と教育課程」か

典型調査と研究の作業仮説

 産業社会と子どもや青年の心身の発達をどうつなぐか?

・無媒介につないだもの・・・地域巨大開発(旧全総、新全総、三全総)と人的能力開発計画

・地域社会を生きる住民の生存権を媒介に両者をつなぐ場合・・・典型調査から目標内容発見

 

「現場」という実験室 (現場という「実験室」をくぐらせて教育の理論の構築を)

 実践が一つの社会実験となり、社会実験が実践となる「典型例」を調査

住民運動(人権概念を担う)と教育課程を有機的につなげていく実践には、企業のための人材「選別」の力学を、そのただなかを生きる・・・「教育」の力学へと転換させていく精神の力が絶えず働く

 

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