大学改革

大学は職業訓練の場、30歳からでも学びなおせる

       ヨーテボリ大学経済学部 リサーチフェロー 佐藤よしひろ

 

 近年、欧米のみならず、日本においても北欧社会への注目が高まっています。さて、北欧は「働く貧困層」等の問題を解決できていない日本の新たなモデルになりうるのでしょうか。特集の一部を引用・コメントしながら一緒に考えていきたいと思います。以下は、スウェーデンの大学教育に関する報告です。

 

〔要約開始〕

 

Q スウェーデンの大学に関する政策は? 

  教育重点投資によってスウェーデンの大学は大幅に拡張された

学生数は90年比倍増、中でも理系の学位取得が急増

 

Q 大学構内の風景は? 

 

 3040歳代の社会人とも思える人たちをよく見掛ける

若者が集まる日本のキャンパスとは異なる風景

(スウェーデンでは21歳以下の新入生の割合は半分にすぎない。他方で30歳を超える新入生が17%にも及ぶ。学生全体の平均年齢は、26歳)

 

 Q 学生たちの経歴は?

バラエティに富む

高校卒業後就職して、また学生に戻るケース。貯金を使って長期の海外旅行を経験した後、入学するケース。さらに高校の成績が悪かったり、高校の学習と異なる分野へ進学したいという理由から、市の成人高校で学習し直して入学するケース。

上記が、全体の4分の1を占める。

 

Q 高校卒業後何年経ってからでも大学進学が可能な理由は?

 

 理由の一つは、入学試験がないこと

入学選抜では高校および成人高校での成績や日本のセンター試験のような学力試験が考慮されるが、これらの記録は長期に保持できる。

加えて、25歳以上であれば4年以上の職業経験が選抜の際に加味されるルールが存在。

 

 そして最大の要因が、経済的な不安を持たずに済むこと

大学は財団立の3枚を除いてすべて国立だが、学費は一切かからない。

そのうえ、生活自立のために給付金(月4,6万円)と低利ローン(月8,8万円)が固から支給される。家賃払いに対する補助金や子持ちの学生に対する追加給付金も存在する。そのため、親の所得水準に関係なく誰でも大学進学が可能。

 

Q 大学生が増えた背景は?

 

1993年に実施された大規模な大学改革

政府は各大学が自由に学部構成や定員設定を行えるよう分権化を進めた。

同時に、若者の半分が25歳までに大学教育を開始すること、社会人に対しても大学教育を通じて職業技能の向上を図ることなどが目標として掲げられた。大学関係費が増額され、六つの大学において施設などが拡充されている。

 

Q スウェーデンの大学での学習内容は?

何よりも職業訓練的な要素が重視される。 

教育課程の終了時に取得する各種の学位は技能証明書″と見なされ、卒業生はこれを基に就職活動を行う。一方、雇う企業の側も彼らが大学で何を学び、どのような技能を身に付けたかを重視して採用する。

大学の勉学とは関連しない分野の就職が多い日本とは対照的。卒業生はあくまで即戦力。企業にとっては社内研修が減り、コストダウンにつながる。 

 

「職業学位」が存在、国家試験なく資格取得

 

Q 学生はどのように学習しているのか?

 

事例

ヨーテポリ大学のエコノミスト養成課程

1学期の最初に受講する「基礎マクロ経済学」のカリキュラム

1カ月につき一つの科目を学ぶという集中講義形式であることに注目

講義やセミナー(演習)が毎日のようにあり、最後に筆記試験を受け、1カ月で完結する。1日のうち残り時間は指定された文献講読やグループワークに費やす。

次の1カ月は「基礎ミクロ経済学」、次は「経済と貿易の応用」といった具合。短期間にまとまった知識を身に付ける。

 

  一つの教育課程は通常、複数の学部にまたがっている。エコノミスト養成課程も経済学部だけでなく、経営学部で簿記やマーケティング、企業分析などの実務的知識を学んだり、法学部での商法などがカリキュラムに含まれる。

 

 カリキュラムは教授や講師からなる評議会で決められ、教育内容や使用教材も協議の下で決められる。授業担当者の独断ではなく、あくまで誰が教えてもほぼ同じ教育内容になるように配慮されている。

その点で学部教育は、授業担当者の研究内容と切り離されているといえる。

   日本に見られる2年間の教養課程は存在しない。

 

 学位には一般学位のほかに「職業学位」がある

職業学位には専門技能ごとに60以上の学位が存在し、前述のエコノミストを始め、教員や法律専門家(弁護士など)、医師などの専門職もここに含まれる。

 

日本のように国家試験があるわけではなく、最終的な学位の取得をもって資格を得たことになる。試験を一度パスすることよりも、長年にわたる技能形成の過程が重視されるためだ。ダブルスクールに通う必要はまったくない。 

 

 Q 技能以外の専門的理論の学習は?

 

 ここでは実務的技能だけでなく、背景にある理論や思考の枠組みについても学ぶ。

教員の養成課程についても、教育学やその理論だけでなく、教育法や教員生活の中で出合う問題に対処する方法なども学ぶ。

 

近年日本では、フィンランドをはじめとする北欧の教育が高く評価され、その教育思想などの分析が盛んだ。ただそれだけでなく、現場で実際に教育に携わる個々の教師の能力や、養成課程でどのような教育が行われているのかという点にも、着目すべきかもしれない。

 

 ジャーナリズムは職業学位ではなく一般学位に含まれるが、スウェーデンのジャーナリストは、大学においてその学位を取得した者がほとんどである。

 

Q 公務員の人気は?

 公務員が多いスウェーデンだが、学生の問では面白いことに財務省や外務省を除き、中央官僚の人気はそれほど高くない。

民間金融機関、コンサルタント、医師、弁護士などといった、比較的給料の高い職種のステータスが高い。

 

 就職活動において出身大学による格差はそれほどない

 

 日本では、在学中の専攻とその後の職との関連が薄い。大学全入時代を前に、日本の大学も学術性と実用性を併せ持つ教育内容に転換する必要があるのでは?

 

〔要約終了 『週刊東洋経済』(2008年/12号)より

 

(コメント)

 

『週刊東洋経済』の表紙には「格差なき経済成長は可能だ!」とあります。この記事は北欧における「格差なき」の意味が良く理解できる素材でしょう。

 

つまり、現在の日本も含む「格差社会」においては、生まれ育った家庭の経済力によって「教育を受ける権利」が実質的に保障されたりされなかったりする。(特に、高校卒業以降)

 

それに対して、スウェーデンの場合、学費は無料、下宿にかかる経費の補助も出る、ということで実質的に「教育を受ける権利」が保障されていて、生まれ育った家庭環境によって最初から限定されてしまうことがない、ということでしょう。

上記の「権利」の保障は、「職業訓練の保障」にもなっていて、それは「豊かに生きる権利(生存権)」に直結していくものであるといえます。

 

これからの日本はどのような社会を目指していくべきなのか、ということを真剣に考えていくうえで、極めて貴重な情報・素材であると思われます。

 

教育のページ

ホーム