鳥取県東部における特別支援教育の現状と課題  

〜圏域における支援教育のネットワーク形成〜

 

(目次)

 1、はじめに(特別支援教育の理念 〜先人の実践から〜)

 

  2、鳥取県東部における特別支援教育の現状

    ア、テキストと講義内容より

    イ、支援の必要な個人への教育(場合によっては保護・訓練)

 

  3、鳥取県東部における支援教育の課題

   ア、ネットワーク形成(課題の実現)のために大切なこと

    イ、ネットワーク形成の歴史的条件

    ウ、ネットワーク形成の展望と条件整備

 

(なお、本レポートにおいては、講義で学んだことを活かしつつ、一般的には「障害」といわれる〔書かれる〕表現を「障碍」という形で統一して表記することとしたい。)

 

1、はじめに(特別支援教育の理念 〜先人の実践から〜)

 NHKのドキュメント『ラストメッセージ』に映し出された糸賀一雄、田村一二、池田太郎の実践は、真に「豊かな社会」とはどのような社会なのか、そして「豊かな社会」を実現していくために必要なこと(姿勢)は何なのか、ということについて深く考えさせ、強く示唆を与えるものであった。

 

特に注目に値する言葉・思想としては、@「『人間』という抽象概念ではなく、生きた生命、個性のある『この子』として目の前にいる子どもたちをとらえ、だれとも取り替えることもできない個性的な自己実現の主体として『発達保障』という考え方を強調したこと、」A「発達には『這い、立ち、歩く』といった縦の発達だけでなく横の発達があるということ、」B「本来一人ひとりが光り輝く存在であり、障碍を抱えた人たちも分けへだてなく共に生きることのできる社会こそが『豊かな社会』であること、」などがある。

 

 とりわけBの思想、そして「この子らを世の光に」という言葉は、「近江学園」「あざみ寮」「第二琵琶湖学園」「茗荷村」など、目の前の現実から出発して次々に実践を重ねていった三人が常に自らに言い聞かせ、未来に託した言葉であった。

 

彼らの先進的な取り組みにも大きな影響を受けながら、歴史は「ともに生きる社会の創造」という方向に進んでいった。その過程でさまざまな思想・言葉が生み出された。〔リハビリテーション(回復・復権)、ノーマライゼーション(常態化)、インテグレーション(統合化…これは「本流に入れる」という発想)、インクルージョン(包摂化…適切な支援を行いながら一緒にする、「本流はない、みんな違う」という発想)、エンパワーメント(潜在力の発揮)〕そして、現在「特別支援教育(支援教育)」の充実という方向で彼らの理想は具体化されつつある。「先人の取り組みから作り出されていった実践と歴史」の意義を私たちはあらためて確認する必要があるだろう。

 

なおICFによれば、障碍とは個人と環境とのからみで生じる困難であり、@機能障碍、A能力障碍、B社会的不利、という三側面から理解できる。〔「環境」を変えることで困難(A、B)は軽減される〕そのような観点から、さまざまな個人が共存できるような「環境」をどう整えていくか、「能力に応ずる教育」ではなく「必要に応ずる教育」をどのように実現していくか、ということが「特別支援教育」の課題であり理念でもある。

 

2、鳥取県東部における特別支援教育の現状

ア、テキストと講義内容より

 『自治体から創る特別支援教育』(クリエイツかもがわ)によれば、鳥取県においては片山前知事の「現場主義」が「特別支援教育」の充実という面でもプラスの効果を生み出してきたという。これをテキストに鳥取県東部を中心に特別支援教育の現状を引用・要約しておく。

 

(1)圏域(東部・中部・西部)における障碍児教育の総合的整備

@鳥取市がある東部地区(人口規模24万人)における施設は以下のとおりである。

・県立の施設 所在地は鳥取市

鳥取盲学校(視覚障碍)小・中・高(専攻科)、鳥取聾学校(聴覚障碍)幼・小・中・高、白兎養護学校(知的障碍)小・中・高(訪問)〔関係施設…社会福祉法人松の聖母学園、国立病院機構鳥取医療センター〕、鳥取養護学校(病弱、身体虚弱、肢体不自由)小・中・高〔関係施設…県立中央病院〕

 

・国立の施設 所在地は鳥取市

鳥取大学附属養護学校(知的障碍)小・中・高(専攻科)

以上、鳥取県東部圏域は施設・設備・拠点において様々な条件に恵まれている。

 

A圏域ごとでの社会資源の整備状況を見直し

        重複障害児学級の開設 県立すべての障害児学校(小・中・高等部)に設置

又、2000年度の県教委「障害児教育検討委員会報告」を踏まえ、現在“地域コミュニティー”を軸にして、地域間格差を改善する方向へと改革が進行している。

 

(2)乳幼児期から一貫した教育の取り組み

@発達障碍を有する子どもへの支援

 鳥取県では、2000年の「障がい児教育室」の誕生により独自の施策が可能となった。例えば、現場の教員を大学等で半年間研修させる⇒学習障碍を中心とした発達障碍に関する相談・支援技術の専門的技量の獲得⇒研修後は「LD等専門員」として学校現場や教育局などに配置、小・中学校の通常学級に在籍する学習障害等の子どもの教育相談、指導活動を実施するという、いわば現在の「巡回相談」の先駆けとなった。

また、県自閉症・発達障害支援センター「エール」には、県教委障害児教育室に所属していたLD等専門員の指導主事を異動させ、教育と福祉の連携による鳥取方式の自閉症支援を試みている最中である。

 

A「特別支援教育担当」の指名

  「特別支援教育報告」で提言された「特別支援教育コーディネーター」は、2004年度より「特別支援教育担当」の名で県下の小・中学校全校で指名された。さらに2006年度、県教委は新たにすべての県立高等学校に対して、「特別支援教育担当」の指名を指示している。

 

B障碍児学級等の支援

2000年度より在籍児1名からの学級設置が可能とし、学級の設置率は高まった。小学校では学級数・在籍児童数が年々増加。「認定就学者制度」との関係では通常学級に在籍する身体障碍児の生活介助員配置への助成を始めた。

 

(3)圏域ごとの関連分野のネットワーク化

  「圏域」を単位とした均質な資源整備の基本姿勢のもとで、教育・福祉・医療・労働等の各分野が連携を図りつつ、よりよい支援の構築に向けた取り組みを行っている。

・教育分野 県教委障がい児教育室が「障がい児教育を語る会」を年2回各圏域で実施。

 この場では、教育行政、特に「障碍児教育」担当者だけでは解決できない保護者や関係者のさまざまなニーズの共有を試み、新たな施策立案に結び付けている。

・福祉分野 各圏域の福祉保健局 「サービス調整会議」を設けている。

・医療や保健分野 「5歳児検診」の取り組み・・・「軽度」発達障碍の早期発見・支援の強化を目的とする。就学前期間において「ちょっと気になる子」と言われる子どもを早期に発見し、就学前の教育環境を配慮することで2次的な障碍を軽減。

 

以上のように、鳥取県は「圏域」をめやすとして重層的なネットワークの形成を図っているが、上記以外に必要とされる団体や活動中の団体についても列挙しておく。

・地域生活の保障=グループホームの増設

・地産地消=白兎 はまなす園「菓子工房」、福祉工場「ウィズユー」手作りパン工房ピア

・鳥取大学附属養護学校の高等部専攻科「附養カレッジ」 国立養護学校で全国初

・鳥取大学地域学部・・・地域に貢献・活性化するセンター的機能を発揮することを目指す。

 

イ、支援の必要な個人への教育(場合によっては保護・訓練)

障碍児福祉教育を閉じたものにしないこと、「あらゆる個人が持っている人格発達の権利」を保障することの大切さ(「特別支援教育」から「支援教育」へ)が講義の中で強調されたが、まったく同感である。特別支援教育には発達障碍もその対象として含まれるということであるが、障碍児に限らず支援の必要な子どもや個人は多様に存在する。例えば不登校児、幼児虐待を受けてきた子ども、「いじめ」などで追い詰められている子ども、精神的重圧や発達障碍の二次障碍としても出現する「うつ」や「統合失調」の子ども、さらには近年急増している「薬物依存症」になってしまった青少年等々である。

 

鳥取県東部に設立された薬物依存症の回復施設「鳥取ダルク」によれば、鳥取県東部に出回っている覚せい剤の量は月々2キログラム。これは延べ人数にして2万人分(仮に依存症の一人が月々0.1グラムの覚せい剤を20錠服用していると計算しても1000人分)であるという。そして、そのような「依存症の増加・低年齢化」の背景には余裕を失った親たち(家庭環境)等の深刻にして複雑な問題がある。

 以上のような実態を踏まえ、「支援教育」が目指していくネットワーク作りは、児童・青少年をはじめ多様に存在する「支援の必要な人々」を視野に入れる必要があるだろう。

 

3、鳥取県東部における支援教育の課題

ア、ネットワーク形成(課題の実現)のために大切なこと

さまざまな施設・団体を拠点にしつつ、「支援教育」のネットワークを作っていくこと、必要な支援の条件を作っていくことが重要な課題となるが、その実現のために大切なことはなんであろうか。一番大切なものが「目の前の現実から出発して行動しよう!」という強い意志であることは、糸賀一雄らの生涯を見れば明らかであろう。一言でいえば糸賀の哲学は行動の哲学である。無いものは皆と協力して創る=起業の精神をもとに、法制化に先立ってさまざまな取り組み〔近江学園(保護・教育・医療)、びわこ学園(重症児の発達保障)、地域づくり=中小企業家と読書会、信楽(池田太郎)、茗荷村(田村一二)など〕を展開した。片山前知事の「現場主義」や「鳥取県を北欧のような地域に」という言葉も思い起こされるが、人口最小県においても「現実から出発して課題を実現していく」意図を明確にし、行動・挑戦することで全国に発信しうるような取り組みが可能となる。

 

(そのような取り組みを通じて、「支援を必要とする諸個人」をとりまく「一般の人々」の意識がどのように変わっていくのか、ということも重要な問題となる。その際、糸賀らの先進的な取り組みで周囲の人々の意識が変わっていった事実は、貴重な教訓となろう。)

 

イ、ネットワーク形成(課題の実現)に関する歴史的条件

ただ、現在においては糸賀の時代ではなかったような客観的な条件があることも確認しておきたい。今は、いかに保守的な政治家であっても「障碍者への支援」や「特別支援教育の条件整備」を進めていくことは「枯れ木に水をやるようなもので不要だ」といった発言を(公的に)するものは一人もいない。その背景には、近代に原則が確立された「人権思想」の発展・具体化がある。すなわち18世紀の時点では実質的に「成人(白人)の男性」にしか保障されていなかった「人権」が、多くの人々や国連などの活動を背景に、有色人種、先住民、女性、児童、障碍者へと拡大し、「実質的に保障されるべきものだ」という合意が形成されてきたこと、その意味では「支援の必要なものにより厚く」といった条件整備がしっかりと前進しうる歴史的な流れがある、ということが確認できるであろう。

 

ウ、ネットワーク形成の展望と条件整備

これまで「圏域」という言葉を援用してきたが、一般的に言うと「地域」がネットワーク形成において重要なポイントとなる。私自身は、障碍者と向き合った豊富な経験はないが、「ともに生きられる社会こそが豊かな社会であり、それを創っていくような個人を育てていきたい」という意図のもとに前任校(岩美高校)では、職員集団で論議をしつつ「総合的な学習の時間」の中に「共同共生」というテーマを取り入れ、生徒による車椅子体験、アイマスク体験、地域の老人ホーム「岩井長者寮」のお年寄との交流を企画・実践したことがある。(鳥取ろう学校との交流についても論議したが、交流する人数があまりにも違いすぎるということで、少人数の手話部以外は実現できなかった。)

 

ただ根本的には「共生思想」をもとに地域(地域のネットワーク)をどのように作っていくか、ということが課題となろう。その際、講習資料Eに図示されたような「タテとヨコの連携」〔具体的には文部科学省⇒県(広域特別支援連携協議会で関係部局横断型のネットワーク構築、特別支援教育コーディネーター養成研修を実施、専門家チームを設置、巡回相談を実施)⇒「推進地域」=鳥取県の場合、東・中・西部圏域(地域の特別支援連携協議会で関係部局横断型のネットワーク構築、大学・特別支援学校・小・中・高等学校・幼稚園等を拠点とする「支援教育」の体制作り、教育センター・医療機関・児童相談所・さらにはNPO等の団体による「支援体制づくり」)〕などをしっかりと積み上げ有機的なネットワークを創造していくことが大切である。そして、当然のことながら各段階、各組織において個別の支援計画が作られ実施されなければならない。

 以上、講習資料Eで示された内容を簡単に文章化したが、以下の2点について私見も交えながら補っておきたい。

 

@              NPO等の団体による支援

NPO岩美自然学校は、児童生徒を対象とする自然体験などを中心に活動している団体であるが、何年間にもわたって不登校生徒を対象とする体験教室〔チャレンジ教室〕を実施している。前任校で関わった生徒の一人は、学校に行けず苦しんでいた中学時代に岩美自然学校の「チャレンジ教室」を体験している。彼女は、同じように不登校で苦しむ仲間とともにこの教室に参加したのであるが、「(特に)岩美町外から参加していた仲間が短期間で見る見る元気になっていった姿がとても印象的だった、」と語っている。

 

岩美自然学校のホームページを見ると、プログラムの中に「ポニーと触れ合う体験」が組み込まれており、別のNPOである「ハーモニーカレッジ」と連携していることがわかる。逆に、ハーモニーカレッジのプログラムの中には岩美町熊井浜での自然体験がある。(湖山で活躍している「ぼちぼち」も今年度不登校生徒を受け入れているが、やはり、NPO相互の協力・連携を行っているようである。)このような、集団での自然体験や農作業、動物との触れ合いなどは「不登校生」だけでなく「発達障碍」等の子どもたちにも有意義ではないかと思われる。したがって、「教育(あるいは福祉)NPOの活動をいかにして無理のない形で拡大・発展させていくか」について、NPO事務局に対する行政の一層手厚い支援も含めて具体的に検討していくことが大切である。

 

A差別的な視線の克服とインクルージョン(包摂)

 

「共生思想」をもとに地域のネットワークをどのように作っていくか、を考える場合、「支援を必要とする人たち」に対する周囲の「視線」が重要な意味を持つ。例えば、薬物依存症からの回復施設である「鳥取ダルク」に対して周囲から「差別的な視線や声」が向けられるようでは、施設が充分な役割を果たすことは難しいであろう。その場合、地域において「支援を必要とする人たち」に対する理解を深めていくことや、交流やコミュニケーションの機会を作っていくことが大切であろう。それを一般化すると、いわゆるインクルージョン(包摂化)の問題にもつながっていくと思われる。

 

講義の中で「盲・ろう・養護学校高等部」の「分級」を高等学校に設置できないか、といった問題提起があった。全くの私見であるが、鳥取湖陵高校に設置することができれば双方にとって大きな意義があるのではないかと考える。本校の「人間環境科(家庭学科)」では、「福祉教育」が教科にも実習にも取り入れられており(例えば車椅子、アイマスク、インスタントシニア、手話、点字等々の実習を体験できる)、実際に障碍をもった生徒と身近に接することは、「共生できる社会」についての学びを本物にしていく貴重な体験となるであろう。また、本校には農業・工業・情報・家庭の各学科があり障碍を持った生徒の職業訓練もさまざまな形で実現可能であり、仮に「実習」を通した交流ができれば、「障碍をもった個人に対する見方」や「豊かな社会に対する考え方」を成長させていく貴重な体験が数多くできると思われる。

 

前述したNPOの支援にせよ、インクルージョンの実践にせよ、行政による手厚い条件整備がどうしても必要である。しかし「鳥取県を北欧のような地域」にしていくためにも、そのような具体的な検討を積極的に進めていくことが大切ではないだろうか。

 

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