Yさんからの質問  その2(一部)

 

(・・・前略・・・)昨日、近くのファミレスに豚の餌にもならないような朝食を食いに行った時、まだ朝9時だというのに夥しい数の若者たちでほぼ満席状態でした。

いつもの土曜日だったら、「死んだ魚は目で分る」みたいな顔をしたオッサンたちが近くの場外馬券売り場に「出勤」する道すがら立ち寄って競馬新聞を読んだり、仲間と意見交換をしたり、ケイタイでノミ屋と連絡を取り合ったりしている時間帯なので驚きました。

 

一様に、生存のための必需品として汗を拭うタオルと「スマホ」を握りしめていましたが、彼らの一人に尋ねてみると、至近距離にある横浜スタジアムで開催される「湘南乃風」というグループの「ライブ」を聴きに来ているとの事でした。「この暑さのなかで朝からそんなのやってるの?」「いえ、夜の8時からです」。

 

聞きたくもない彼らの会話を聞いていると基本的には日本猿の間で交わされる会話と何ら変わりありませんが、中には多少教養のありそうな大学生風情もいて、こんな話をしていました。「今度さあ、オレたちがコラボしているのをスマホのアプリ使ってプロモビデオにしてさあ、ネットにアップするとカッコいいんじゃない?」これが今では標準的な日本語になっていることは、ビジネスの場での会話やメディアの報道番組を聴いていても分ります。 

 

私は高校時代から万葉集の世界にあこがれて来ました。今でも学校では万葉集を日本を代表する古典文学として教えていますが、近年何人かの優れた研究家によって万葉集は詩歌の手法を用いた歴史書である事が解き明かされて来ました。

 

1,300年前に皇室お抱えの御用学者が、いっさいの真実を封印する目的で日本書紀や古事記の編纂を命じられたわけですが、そういう歴史的背景の中で万葉集の編纂者たちは、あえて中国から輸入したばかりの文字を使って、文字文化が存在しなかった時代の歴史の真実を語ろうとしたのです。そ

のため万葉の短歌、長歌等のほとんどは「二重の意味」を持っています。編纂者たちも、表の意味と裏の意味の両方が読者に伝わるよう5,000弱の詩歌を編纂するのに苦労したのではないかと思います。

過去13世紀にわたって日本人は、フランス人、イギリス人、アメリカ人等のように自由や独立のために身を賭して戦う勇気を示すことがありませんでした。ヒトラーは自殺し、ムッソリーニはミラノの町で逆さ吊りにされましたが、ヒロヒトだけは平然として、「実を言うと朕は人間であった。今後とも宜しく」と言う事が出来たのも偏に、日本人の愚昧さ、臆病さ、従順さのお陰です。しかし、真実を隠蔽しようとする者たちに対して、詩歌の形を借りて戦いを挑んだ少数の人達がいた事、またおそらくは今でもいることを忘れるべきではないと思います。言葉は、文字通り彼らの武器でした。 

 

フランスの事情は日本と全く異なりますが、物事の本質は同じです。サルトルは、身長150cm、重度の斜視等のため、ブ男と言ってもいいような男でした。そのうえ、ニコチン中毒や聞き苦しいダミ声が一層彼の外見上の魅力を殺いでいました。小男だった彼がレジスタンス運動で実質的な役割を果たすことが出来たとは到底思えません。しかし、彼は言葉の無力さとともに言葉の力を信じていました。だからこそ自伝に Les Mots(言葉) という題をつけたのです。

(・・・) 

貴兄がワードにまとめて下さった当方の問題提起への回答にはあらためて敬意を表します。ほとんどすべての場面で受け売りの言葉を使って事を済ましている日本人が多い中で、貴兄のように、自分自身の考えを自分自身の言葉で言い表せる人にはめったにお目にかかりません。

しかし、細部にわたって逐一箇条書き的にお答えしようと努めている途中で、それがあまり意味のある作業だとは思えなくなったため、今こうやって総論的なことを書かせていただいている次第です。

行動によってではなく言葉によって貴兄のテーゼと私のアンティテーゼ (またはその逆) を「止揚」しようとするとき、一番重要なことはお互いが、色々なキーワードを同じ意味を込めて使っているのかどうかということです。平たく言えば、「同じ土俵」に上っているのかどうかという事ですが、同じ土俵に上っていなくても対話は成り立ちます。しかし同じ土俵に上っていなければ相撲にはなりません。 

一例を挙げると、貴兄の「私自身は個人的にHPなどを作成してはいるものの、「情報革命・第三次産業革命」を過大評価すべきでないと考えています」という見解と、私の見解との間には非常に基本的なギャップがあるように思います。そもそも私は日頃「情報革命」というような曖昧な言葉を使わないようにしています。(メールの中で不用意にこれを使ってしまったかも知れませんが、もしそうだったら撤回させて下さい)

 

私にとって、所謂情報革命・第三次産業革命とは単なる言葉ではなく、控えめに言っても1963年以降半生記にわたって生きてきた私の人生そのものです。そもそも、「情報革命」をどのように評価するか、それが人間生活にどのような影響を与えているかなどという論点は存在しないのです。(長ったらしい英文を読む気にはなかなかなれないと思いますが、この事は、以前にリンクをお送りしたエッセイの中でも説明してあるので、時間に余裕がある時に読んでいただけると幸いです)

http://www.tokyofreepress.com/article.php?story=20120812224820386 

 

なかなか理解していただき難い事でしょうが「情報革命・第三次産業革命」を過大評価すべきでない」というステートメントは、私にとって、自分の人生を過大評価すべきではないと言われるのと全く同義です。

私は自分の人生を過大評価したこともないし過小評価したこともありません。そもそも人生は第一義的には生きるものであって評価するものではありません。

 

同様に、言葉とは、第一義的には喋る、または書くものではなく「生きる」ものです。100%受け売りの言葉で、コラボしたり、スマホのアプリを使ったり、プロモビデオをネットにアップしている連中には、言葉の重みというものを理解することは決してできないでしょう。あのようなガキたちのことはどうでもよいのですが、問題は、大多数の日本人が、(・・・)同様の考え方、生き方をしているという事だと思います。これこそまさに天皇教的精神風土そのものです。

 

(・・・)メールのやりとりで一番深く印象に残ったのは、貴兄が、考える時も、書くときも、借り物の言葉の使用を可能な限り避け、自分自身で問題をInternalize(内面化)し、再定義するように努力するという真摯さがうかがえる事でした。今後ともブログ上でも、本業の面でも、このように地に足が着いた姿勢を崩さないでほしいと願っています。

 

これに対する私の応答 

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