2011.09.23

広瀬隆『二酸化炭素温暖化説の崩壊』の批判 

 

 広瀬隆の上記著書が注目をあび、よく読まれているようです。
 しかしながら、根本的に『二酸化炭素温暖化説の崩壊』に関わる主張の多くは「科学的な妥当性に問題のある従来の懐疑論の受け売り」に「広瀬流の陰謀説」を加えたもの、というのが私の判断です。
 
 確かに、福島原発事故の責任を厳しく追及すべきだとする点、そして「反原発」という根本において、私と広瀬氏の立場は共通しますが、「自らの主張に有利と見れば全く不確かな情報も間違いないかのように主張する姿勢」には根本的な疑問を禁じえません。 

 「反原発」、「温室効果ガス削減」いずれも重要だ、と考えます。

 それでは、「二酸化炭素温暖化説が崩壊している」という主張のポイントだけを抜き出して、その問題点を列挙しておきましょう。(常体で)

 広瀬隆『二酸化炭素温暖化説の崩壊』に関わって

1、「ここ10年来、地球気温は全く上昇しておらず、むしろ寒冷化している」(P. 8,16)について

 広瀬氏は「気候変動と気象変動」の区別ができていないようである。

 温室効果ガスによる気候変動を問題にする場合、少なくとも50年以上の傾向を見る必要がある。短期的には様々な要因で気温は上下に変動する。例えば2008年は今世紀に入って最低の気温を記録したなどと騒がれたが、観測史上で言えば10番目の高温だった。(2008年現在で10番、その後の気温はさらに上昇。)

 長期的な温暖化傾向については、気象学者が100%合意している観測事実である。

世界の年平均気温偏差のグラフ 気象庁のHPより

2、「中世には、20世紀よりはるかに気温の高い時期があった」(31)について

 IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第4次報告書では「中世の高温期」について以下のように結論づけられている。

(1)20世紀より前に最も暖かい期間は、950年と1100年の間に起こった可能性が非常に高い。ただしこの気温は19611990年の平均に対しておそらく0.10.2℃寒冷であり、また1980年以降に実測された気温よりも顕著に低い。

(2)中世の温暖期が全地球的なものであったかどうかについては、データは十分というにはほど遠い。

(3)現在の証拠からは、中世の間(950-1100年)の北半球平均気温はこの2000年の間では温暖であったことが示唆される。

(4)しかし地球全体が20世紀全体のように温暖であったと言うには、中世のいずれの時期についても、証拠が不十分である。

補足:また「人為起源温暖化説」は「近年の気温上昇が過去のいつの時代よりも異常に大きい」ことを主張しているのではなく、「近年の気温上昇が人為起源温室効果ガスの影響を勘定に入れないと量的に説明できない」ことを主張しているものである。

 過去に高温期があったという主張は(それが事実であったとしても)、IPCC報告に対する反論の意味を持たない。

Q なぜIPCCの報告を信頼できると判断するのか?

 IPCC報告書では、基本的に査読を経た多数の学術論文に基づいて、それらをさらに検討・引用する形で、現時点での科学的知見の総合的な評価が行われているため。

 研究者が研究結果を論文として学術雑誌に発表する際には、通常2〜3人の別の専門家(査読者)が匿名で論文の審査をする。(=論文の査読)

 論文の書き方に不備はないか、論理展開や計算などが間違っていないか、過去の関連研究をきちんと踏まえているか、新しい重要な知見が書かれているか、などの観点から、査読者が論文を評価する。

 

 IPCC報告書は政策決定の参考になる情報を総合的にまとめたもの(政策提言は行わないが・・・)。

 「温暖化懐疑論」のほとんどは根拠となる論文や出典が不明確で、米国(懐疑論者)のHPや同種の著書などからの受け売りだと思われるが、少なくとも欧米における「懐疑論者」の大部分は特定の団体(石油業界など)と結びついているといわれる。

(例)ブッシュ政権を支えた懐疑論者 

 私もこれまで「懐疑論者」の著書を複数読んできたが、私(高校社会・理科免許状取得)の知識であってもわかるような間違いが多く、「査読」にたえられるようなものはなさそうである。

3、「二酸化炭素増加が地球温暖化をもたらしているという事実はない」、「196070年代には二酸化炭素が増加したにもかかわらず寒冷期に入っている」(66,74)について

 例えば二酸化炭素などの温室効果ガスが、赤外線を吸収するという物理特性を持っていることは、科学的に確認されている

 そのような温室効果ガスが増加する結果、地球が宇宙空間に放出するエネルギーが低下し、太陽ら受け取るエネルギーが放出を上回ることで、地表面の温度が上昇していくのである。

(リンク先「温室効果のメカニズム」以下を参照)

 

 そして、20世紀後半以降の気温上昇傾向を説明するためには「温室効果ガスの増加を組み入れた気候モデル」が有効で、温室効果ガスの増加を考慮せずにそれを説明することが不可能だということについても、ほぼ100%の科学的合意が成立している。

 

 太陽光線はほとんどが可視光線と紫外線という形で地球に届き、地球の表面からは赤外線という形で放出される。温室効果ガスによる赤外線の吸収がなければ(赤外線がそのまま宇宙空間に放出されれば)地表面の温度は計算上 零下19度になる。

 196070年の気温低下は、火山活動や人間活動により大気中に多くの微粒子(硫黄酸化物やすす)が放出されて太陽光線を遮ったためであり(確認された微粒子の増加で)きちんと説明がつく。 

 

4、「(水面に浮かぶ)氷が融けて水になっても海面は上昇しない」について

 これは当たり前のことで、地球温暖化を問題にする科学者は一人たりともそれを否定しない。しかし、気温上昇による山岳氷河やグリーンランドの氷床の融解、大陸上に存在する氷床の崩壊・流出が海面上昇をもたらすことについても否定する学者はいない。ここ100年間では17センチメートルの海面上昇が生じていることが確認されている。海洋面積の広大さを考えれば、すでに大きな変化が生じているのである。

 

5、「氷河の後退が始まったのは、二酸化炭素大量排出以前の1819世紀からだ」(92について

 氷河の後退の原因は温室効果ガスによる温暖化だけではない。16世紀〜18世紀前半まで、太陽活動の低下が原因と思われる小氷期に入っており、その後この小氷期からの回復によって20世紀前半までの氷河の後退が起こったと考えられる。

 

 気候モデルによる温暖化というのは、気温上昇の原因が「温室効果ガスだけであること」を主張しているわけでは決してない20世紀後半以降に観測された気温上昇が、「温室効果ガスの増加による温暖化」という仮説抜きにはほぼ説明不可能であることを主張しているに過ぎない。

 20世紀後半における太陽放射量は大きく変化しておらず、成層圏(高さ1050kmの大気層)では温度が低下しているにもかかわらず、地表に近い対流圏では温度が上昇していることも、上記の仮説抜きには説明できない

 

6、「温室効果の大部分は水蒸気によるもので、二酸化炭素増加によるものではない」、「(都市化による)ヒートアイランド現象の影響も大きい」(120〜)について

 

 水蒸気も赤外線を吸収する(温室効果を持っている)のは事実であるが、その量は自然のバランス=大気と海洋および陸水との間の交換(主に気温・風という二つの条件で決まる蒸発と降水)によって定まるため、人間が直接に増加させたり減少させたりすることはできない

(人間活動でも水蒸気は排出されているが、それが大気中濃度に与える影響はほとんどない。)
 ただし、「二酸化炭素等の増加⇒気温の上昇」が水蒸気量の増加につながり、温暖化を加速させる影響はあるといわれている。

 

 ヒートアイランド現象はきちんと補正した上で気温の測定がなされている。また、温暖化の進行が激しいのは北半球の高緯度だが、それらの地域では都市化が進んでいない。 

 

 ところで「古気候も含めて今以上の温暖化はしばしば起こっているので現在の温暖化も問題ない、あるいは人間による温室効果ガスの排出が原因ではない」という主張がある。しかし、各時代における「温暖化」の原因はその都度異なる。例えば、地球の公転軌道の変化が原因であったり、太陽活動の活発化が原因であったり。

 

 問題は、現在の温暖化はそのような原因がないにもかかわらず進行していることである。(太陽活動の活発化がないため成層圏では気温が低下しているにもかかわらず地表から10q以内の対流圏では気温上昇が進行している。)

 それは、人間活動による温室効果ガスの増加を考えなければ説明できないのである。 

 

参考文献

『地球温暖化 ほぼすべての質問に答えます!』(岩波ブックレット)

『地球温暖化の予測は「正しい」か?』(DOJIN選書)

 

以上、広瀬隆『二酸化炭素温暖化説の崩壊』について、「科学的な観点」から批判してきましたが、それとは別に「原発推進派こそがまさにこの人為的温暖化仮説で大もうけする連中だ」⇒「従ってそのような利権に関わらない主張である『二酸化炭素温暖化説の崩壊』の信憑性が高い」という状況判断をする人がいるかもしれません。

 確かに、科学的仮説の「妥当性」、「信憑性」を判断するに際して全体的状況の評価が重要になることはありえます。しかし、その場合においても、一つの観点だけでなくより総合的な状況判断を行う必要があるのではないでしょうか。

〔別の角度から見た状況〕

1、「人為的温暖化仮説」が嘘だという宣伝を大々的に行いながら、大もうけしようとする人々もたくさん存在している。例えば米国ブッシュ政権の支持基盤であった石油業界関係者が、人為的温暖化に関する政府の科学レポートを懐疑的な表現に修正していた、という事実がある

2、温室効果ガスの増大を抑止すべく努力している環境運動の活動家はほとんど例外なく原発に反対する立場を取っている。有名なところでは環境エネルギー政策研究所の飯田哲也、『不都合な真実』のアル・ゴアなど。

〔「維持費ばかりが高くつく、放射能を帯びた厄介者がある−原子力である」(アル・ゴア著『私たちの選択』ランダムハウス講談社)〕

 また、以前、私が一緒に活動していた市民運動家も例外なく温室効果ガスの削減と原発の廃止を同時に主張している。(福島原発事故よりもはるか以前から)

3、「人為的温暖化仮説」を原子力産業が利用したことは事実であるが、「原発は二酸化炭素を出さない」というのは嘘であり、ほとんどの環境運動家はそれを知っている。

 確かに核分裂反応自体は二酸化炭素を発生させないが、原発が動くために必要な、燃料採掘・精錬・濃縮・核燃料の輸送、使用済み燃料の保管・輸送・再処理など多くの過程で太陽光発電、風力発電、地熱発電とは比較にならないほど多くの二酸化炭素を発生させる。

 電力1kWあたりの二酸化炭素排出量は、天然ガスによる火力発電が443gに対して原子力発電は288gである。(『私たちの選択』アル・ゴア)

4、温室効果ガスの削減で全世界の温暖化対策をリードしているEUは、独自の科学者グループを結成して温暖化の危険性に関する試算を行い、共通見解に達している。EUの中には、原発を保有する国も、脱原発を決定した国もあるが、いずれも温室効果ガス削減の重要性について合意している。

 

 二酸化炭素税や排出権取引など日本の経団連が「経済成長を妨げる」と主張していることさえ先進的に導入している国が多いことにも注意。


 以上のように、状況判断に関してもそれだけで『二酸化炭素温暖化説の崩壊』について信憑性が高いとはいえないでしょう。そして、前回述べたように広瀬氏の著書のある部分は「科学的な妥当性に問題のある従来の懐疑論の受け売りでしかない」と考えます。

 それでは、「二酸化炭素温暖化説はウソ」という広瀬氏の主張には、どのような実害があるのでしょうか。言うまでもなく、温暖化によるリスクや問題点を拡大してしまうことにつながる、ということです。

 とりわけ、これまでの二酸化炭素排出に責任のない次世代や、植民地支配などで押さえつけられてきた途上国に多くのリスクと被害が集中していくことは、大変な問題である と考えます。

基礎的な内容も含めたいいスライド がありました。よろしければご覧下さい。〕

 

2011.10.02

「人為的温暖化懐疑論」の何が問題か?

 

 広瀬隆、『二酸化炭素温暖化説の崩壊』も含めて「人為的温暖化懐疑論」にはどのような実害があるのでしょうか。言うまでもなく、温暖化によるリスクや問題点を拡大してしまうことにつながる、ということです。

 

 とりわけ、これまでの二酸化炭素排出に責任のない次世代や、植民地支配などで押さえつけられてきた途上国に多くのリスクと被害が集中していくことは、大変な問題である と考えます。

 

 それでは地球温暖化によるリスクというのは、具体的にどのようなものでしょうか。

 例えば、台風の巨大化です。今年、日本を襲った大型の台風は大変な被害をもたらしたのですが、温暖化によって海水温が上がることは、さらに強い台風発生の可能性を高めていきます。

 

 IPCCは第4次報告でも「極端な高温や熱波、大雨の頻度は引き続き増加する可能性がかなり高い」「熱帯域の海面水温上昇に伴って、将来の熱帯低気圧(台風およびハリケーン)の強度は増大し、最大風速や降水強度は増加する可能性が高い」としています。

 

 それだけでなく、以下の点も複数の研究者によって予測されているのですが、問題なのは、一人当たりで途上国の何倍にもなる「日本もふくむ先進国」の二酸化炭素排出が原因で、途上国に住む多くの貧しい人々が大変なリスクに直面することです

 

1、1℃以上の温暖化は、毎年新たに数百万人のレベルで沿岸の洪水被害に苦しむ人々を生み出し、世界の生物種の30%以上が絶滅するリスクを高める

 

2、2℃以上の温暖化は、毎年新たに数億人の水不足で苦しむ人々を生み出す

温暖化による被害がより懸念されている地域。(IPCC第4次報告書)

 

アジア

 例えば1mの海面上昇で、沿岸のデルタ地域(ベトナムの紅河流域では400万人が影響を受け、メコン川流域では350〜400万人)が影響を受ける 

 

アフリカ

 2020年までに、7500万〜2億5000万人が気候変動にともなう水不足および洪水の増加にさらされる。2020年までに、いくつかの国で天水農業における収穫が最大で50%減少する。 

 

南米

 飢餓のリスクにさらされる人が、気候変動によって2020年に500万人増加する。

〔なお、IPCCにも関わったイギリスの研究者の一部は「クライメートゲート事件」を起こしており、信用できないという人もいるかもしれませんが、公的機関による調査の結果、不正の事実は何も見あたらなかったということです。ウィキペディアは玉石混交ですが、この事件に関する記述は出典も明記されており、よく調べてあるため、かなり信頼できると考えています。〕

 

 その他、IPCCではありませんが、熱帯アンデスの氷河の後退によって、農業用水などに甚大な影響がある、という研究結果もあります。  

 

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 なお、このようなリスクを可能なかぎり回避・軽減するための二酸化炭素削減の取り組みが、広い意味での自然の循環を回復させることや、ゆったりした落ち着きのある生活と両立可能であることを私は2007年にHP「『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』について考える」で述べました。 一部引用しておきますね。

 

〈引用〉 そもそも二酸化炭素削減の「数値目標」をたてて取り組みを進めていくことと、武田氏の言う「人生にとって大切なこと」は両立不可能なのだろうか。私は両立可能ではないか、と考える。

 

 環境保全や二酸化炭素削減を目指して真剣に取り組んでいるNPOは、全国で数千は存在するといわれる。活動の中心になっている人たちの多くが共有していると思われる考え方は、いわゆる「スローライフ」の大切さである。

 

 「環境運動」を行う多くの人たちは必ずしも眉を吊り上げて自分を駆り立てているのではなく、そもそも人生や生活にとって大切なことは何か、という原点に立ち返りつつ「自然との関わり方」や「生活仕方」の見直しを進めているようにみえる。

 

 (・・・)『NHK地球だい好き 環境新時代』(日本放送出版協会)のなかに具体的な取り組みが数多く紹介されている。

 

 私自身も、今は自家用車をほとんど使わず、暑い夏にはなるべく扇風機を用い冷房をつける場合にも設定温度は29℃から30℃、水を含んだ生ごみは庭に浅く埋める等々、できることは取り組んでおり二酸化炭素排出量は一般家庭の3分の2程度かもしれない、と思う。しかし、子どもと一緒にバスを待ったり家庭菜園を作ったり、JRのなかで本を読んだりと、以前よりもゆったりした気分で生活している。

 

 高い数値目標をあげて取り組むことと、いわゆるスローライフが両立するかどうかは、EU諸国、特にドイツの事例が参考になるだろう。

 

 ドイツでは「古いものに価値がある」ということでおもちゃや古着を販売するフリーマーケットは大人気、海外旅行よりも国内旅行が奨励されグリーンツーリズムが盛んである。また、農業政策であるが「(ドイツの)州政府はあらゆる方法で農村を支援し、八〇年代の始めには現在のEU(ヨーロッパ連合)の農業政策に先駆けて、環境保全型の農業経営に補償金を支払う制度を実施した。


 このような背景から、八五年のECの「共通農業の政策展望」では、農業の集約化の反省と共に環境保全型の農業への転換が示唆された。(・・・)EC理事会は八九年バイエルン州から提出されていた「田園景観維持計画」を採択した。」ということである。

(『ドイツの分かち合い原理による日本再生論』 関口博之著 より)