〔竹内芳郎氏あての資料〕

 

 いま、「討論塾」で実践しておられることとも通じると思いますが、学校現場も「民主主義の訓練、主体の自己形成、“公民”としての意識形成」の場になりうると考えています。私自身そのような問題意識の元に、HRや生徒会の「指導」に力を入れてきました。今年度は、「環境愛好会」と生徒会執行部をはじめとする生徒の有志、保護者・職員の有志で小川の源流である里山の整備(間伐作業や道の整備)を進めています。 

 

 また、私は全国高校生活指導研究協議会(略称「高生研」、「18歳を市民に」を指標に「青年の個人的権利と集団的権利の実現」、「主体的・創造的な学びの保障」、「社会の民主的形成者としての自治的能力の指導」等に取り組んでいる民間教育団体)の鳥取県における事務局をつとめていますが、全国各地で行われているすばらしい教育実践を学ぶ機会を数多く得ることができました。

 

最近では長野県の上田西高校で行われた実践(高校生が「実行委員会」を作って鉄道会社と上田市への要求運動を起こし、「生徒が安全に通学するための跨線橋の建設」「市民が自由に交流できる駅前広場の建設」を実現していくという実践)が一番印象に残っています。この実践は単なる「民主的訓練」ではなく、実際の活動が生徒自身の中に「社会は変えられる」という確信を生み出していった、すぐれて「直接民主主義的」な取り組みであると考えます。

 

 また、私自身は高生研の事務局だけでなく、組合運動の役員もいくつか経験させていただきました。組合にも当然さまざまな問題はありますが、県教研、全国教研(組合主催の自主的な教育研究集会)や教育課程の自主編成など、教職員の勤務条件だけでなく「教育はどうあるべきか」という公的な問題を明確に打ち出していく、という運動にも取り組んできました。初めて全国教研に参加した時は、全国各地のすばらしい教育実践に力強く励まされたことを鮮明に覚えています。

 

 また、鳥取県西部に在住していた10年間は「米子市政研究会」という住民運動団体に所属して「反原発」運動や「環境保全」等の運動(『国家と文明』や『課題としての文化革命』の学習会も)を行いました。

 

 さて、現在私がつとめているI高等学校ですが、いわゆる「総合学習」や「環境教育」に力を入れています。「総合学習」については5年前に書いた小論文「総合学習とサルトル思想」(資料2)でも触れましたが、本当の学び(具体的経験のなかで生きる真の学び)を獲得できる大きな可能性を持っていると考え、学校の中でも繰り返し論議をし、教育課程を考えて実行してきました。

 

I高校の取り組みは、橘女子高校(私学)の取り組みを参考にして実践しているものですが、農業体験や自然体験や人工林の間伐体験、「環境」をテーマとした体験学習、各体験の振り返り、そして「環境」に関する学習・研究を土台に「I高校および岩美町への提言」をまとめ発表していく取り組みなど、内容を検討・実践していく際は、自分なりに貴方の提唱される「世界==科学」、「生態学的テクノロジーの復権」「生命論的宇宙観の復権」(『ポストモダンと天皇教の現在』「文化の変革」)を意識してきています。

 

 このような実践を進めていく過程で全国各地の「環境教育」に関する数多くのすばらしい取り組みに触れることもできました。例えば有機農業を営んでいる地域の大人との交流、鶏の飼育体験、そこからの学びを機に子どもたちが変わっていく実践がありました。この実践を教育学者の竹内常一氏は次のように解説しています。

 「子どもたちは物との相互交流を「たまご→にわとり→ひよこ」と拡げていく中で、人間と自然の交流を基本とする有機農業に関心を持つようになっている。また、ひよこを飼うことのなかで、ひよこにとってよい環境とは何かを問うようになっている。そして、Aさんに導かれて、そのよい環境をつくりだしていく働き方−「労働」に目を開いている。「労働」を問題にすることのない実践状況の中においてである。ここに農と環境を軸とする新しい指導性の探索がある。」

 

竹内常一著『大人が子どもと出会うとき、子どもが世界を立ち上げるとき』(桜井書店)

 

「総合的な学習の時間」におけるこのような取り組みは、小学校を中心に全国各地で行われているようです。そのことにも私は多くの希望を見いだしています。 

 

 さて、私は現在「NPO岩美自然学校」(おもに小・中学生を対象に「自然体験教室」などを企画・実行している地元の団体、「塀で囲まれた学校から地域全体を学校へ」というのがこの団体の基本的な主張)に所属していますが、2004年1月に地元の3NPOが合同で「岩美町への提言」(資料3)を出しました。

 

その後、これらのNPOを中心に会議が何度も持たれ、「菜の花の栽培→搾油→活用→廃食用油の精製・再利用→町営バス等の運行」という計画が具体化しつつあります。このような地域に根ざした「環境」への取り組みは(「提言」の中でもいくつか具体例を挙げましたが)岩美町だけでなく全国的にも数多く実践されているようです。それらの特徴は「行政と地域の自主的な団体との緊密な連携」です。

 

 例えば、山形県長井市の「生ゴミの分別回収→堆肥化→地元の有機農業に活用→無農薬野菜・作物の地元消費者への提供」という「地域内循環」の取り組みも、市職員も交えて長井市民が繰り返し繰り返し会議を行った結果、具体化していった取り組みだそうです。そして、生ゴミへの異物の混入率がきわめて低い「分別日本一」の実績を市民全体で作り出しているとのことです。(『生ゴミ堆肥リサイクル』家の光協会)

 

 このような取り組みこそ、地域住民と行政とが緊密に連携しながら進める「直接民主主義的営為」と言えるのではないでしょうか。そして、このような事例は決して例外的な少数の事例ではないということも、生徒とともに「環境学習」をするなかで確認していくことができました。

 

 もちろん各地域における取り組みには様々な困難な点や問題点があることと思います。私自身もサルトル・竹内芳郎氏との「出会い」に動機づけられて、この20年あまり色々なことをやってまいりましたが、気持ちに力量がついていかず「もういいか」と言うほど失敗を繰り返してもきました。

 

 討議による合意が成立せず、感情的な対立の悪循環になってしまったこともあります。そしてまた、1990年の頃には貴方が『ポストモダンと天皇教の現在』のなかで述べられたように、せいぜいできることは「滅びるにしても抵抗しながら滅びること」しかないのか、と思いもしました。しかしながら、私自身、ここ数年間様々な取り組み・実践と「出会う」ことで少しずつ希望をふくらませてきています。

 

 確かに、多くの個人の行動を見ると「地球環境問題の深刻さの認識」と「各人の環境配慮活動・行動」がなかなかつながっていかないところがあります。(「自分〈個人〉が自家用車に乗らなかったからと言って温暖化がとまるわけじゃないだろ」)しかし、ともに学習しながら「地域ぐるみ」あるいは「学校ぐるみ」「企業ぐるみ」の取り組みを進めていくことで認識と行動を繋げていくことができるのではないでしょうか。

 

 特に「地域」に根ざした取り組みの広がりは社会を変えていく可能性を確実に持っていると思います。現実の取り組みは、いわゆる「過疎地」をはじめとする地域の再生について話し合う中で「地域の第一次産業」や“かけがえのない財産”である「地域の環境」に目を向け創造的な取り組みを工夫していく、という場合が多いようです。

 

そこで共通しているのは「なんとか生活する地域を自分たちにとって魅力的なものにしていこう」という思いでありましょう。長井市の「生ごみ堆肥化」の取り組みも「まちづくりデザイン会議」での論議が出発点になっています。鳥取県でも智頭町で長井市と同様の取り組みが行われているほか、地元有志が休耕田で育てた酒米を用いて新しい地酒を製造する取り組み、日南町「にちなん環境林」での森林保全活動(「岩美町への提言」 資料10)や、「日南高原朝どれ野菜産直会」など様々な取り組みがあります。

 

 『国家と文明』で貴方は1960〜70年代の地域住民運動を取り上げ「〈私〉にいなおる運動を〈普遍的なもの〉にきたえあげていくこと」の大切さと困難さを指摘されました。それと比較して現在の取り組みは「地域を自分たちにとって魅力的なものにしていこう」という地元住民の思いから出発しつつも「環境」を軸に普遍化していくことが容易であり、現実にそのような取り組みとして進んでいる場合が多いのでは、と思います。

 

地元の3NPOが出した「岩美町への提言」も、岩美町のすばらしい自然に目を向けつつ「地域の取り組みから地球の未来を創造する」ことを目指したものでした。このような取り組みを他地域の刺激も受けながら各地で進めていくことには大きな意味があるのではないでしょうか。(全国各地におけるさまざまな取り組みは『NHK地球大好き環境新時代』NHK出版 でも数多く紹介されています。)

 

 「地域発」の取り組みとともに、私はやはり「教育」にも希望を持っています。ドイツにおいて1970年代から始まった環境教育が市民の意識を高め「環境政策」を前進させたように、現在日本で進められ発展しつつある環境教育(文部科学省も各教育委員会も後押ししています)は遅まきながらも「効果」を生み出していくのではないか、と考えます。

 

例えば、すべての小中学校が「環境宣言」を行った鳥取県日南町(「岩美町への提言」の資料9)の場合、大人を中心とする「地域発」の取り組みと子どもたちの学習活動が連動して発展していくことが充分に期待できるでしょう。

 

 また、鳥取県では2005年の4月より「森林環境保全税」が導入され、それを財源に鳥取県の森林面積の半分以上を占める人工林の「強度間伐→森林の再生」を進めていくとともに、小・中・高校生や一般県民を対象とする森林体験(森林観察や木工体験、間伐体験など)を進めています。かなりの小学校とともにI高校も昨年より間伐の実習を取り入れました。

 

  企業活動についても「環境に配慮しないような企業はヨーロッパではもはや相手にされない。日本でも次第にそうなっていくだろう」といった事情を背景に、ISO14001を取得する企業も増えてきていますね。吉村元男著『地域発ゼロエミッション』(学芸出版)によれば、「仕方がないから環境配慮活動をする」というだけでなく「企業の社会的責任」を自覚して先進的な取り組みを行っている企業もかなりあるということです。

 

吉村元男氏(もと造園会社社長、現鳥取環境大学教授)自身、大学の周辺地域の人々とともに「地域ぐるみで物質循環を作っていく」実践に取り組んでおられます。環境大学は地元の若葉台小学校・中学校との連携もすすめており、大学や小中学校を地域の拠点としていく取り組みも興味深い展開を見せています。私自身がI高校の教育課程を再編成していく論議を進めていく上で『地域発ゼロエミッション』(吉村元男著)から受けた影響は大きなものでした。

 

 以上、大変長々と私自身の取り組みや、現在行われている各地の実践に対する感想を述べさせていただきましたが、「環境教育・実践を進めている地域の教育機関も拠点としながら地域住民と行政が連携して進めている“地域再生”“環境再生”の取り組み」を拡げていくことが、未来への展望を開いていくことにもつながるのではないでしょうか。