竹内芳郎氏への手紙

 

 はじめまして。私は鳥取県で教員をしております。

 私が人生の中でもっとも大きな影響を受けた数々の本の筆者である竹内芳郎氏にいつかお手紙を差し上げたいと思っていました。このたびは突然で恐縮ですが、私自身の手紙と(できましたら)別紙資料も合わせてお読みいただければ幸いに存じます。

 

 私がサルトル、そして竹内芳郎氏の著作と「出会った」のは大学の一回生の時です。藤中正義先生の『実存的人間学の試み』を入り口に初めて読んだのはサルトルの講演「実存主義とは何か」でした。陸上部の長距離部門に所属し、日々練習を積み上げていた私は、そこで述べられていた思想(「人間は状況において自らを選ぶ」)を実践的に受け止めて「自分に対する言い訳をせず、その時々の状況で全力を尽くす」ことの大切さを強く感じたものです。

 

 次に読んだのが『存在と無』でしたが、「行動の問題」以外のところはなかなか理解できませんでした。そんな時出会えたのが『サルトル哲学序説』です。「生活者の言葉」で書かれたこの本によって私は『存在と無』で展開されている哲学を理解する喜びを感じるとともに、「サルトル思想を現実の中で生きる」という貴方の姿勢に強く共感いたしました。

 

 それを機に、『実存的自由の冒険』『サルトルとマルクス主義』など読ませていただきましたが、学生時代に一番大きな知的感動を覚えた著書は『国家と文明』でした。私は教育学部の所属でしたが、文学部の吉田晃先生の講義「日本史概論」の中で「史的唯物論」と「アジア的生産様式論争」について学びました。

 

その直後、『国家と文明』の中で行われている史的唯物論の徹底的な再検討、国家論の展開、そして結論部分の展望を大きな感動を持って読ませていただきました。収拾がつかないのではないかと思われた「アジア的生産様式論争」についても貴方がこの問題に関する考えを実にすっきりと明解に打ち出されたのを読んで「この人はいったいどこまで自分の理論を広げ発展させていくのだろう」と驚いたことを鮮明に覚えています。

 

 しかしながら他方で「サルトルや竹内芳郎氏の思想は理論的に受け止めるだけでは全く意味がない」ということを強く感じていた私にとって、2人の提起する問題をこの現実の中でどう実践していくのか、ということは大変大きな問題でした。そこで4回生のとき私は、卒業論文「JPサルトルにおける自由と状況」をまとめる一方で、仲間とともにささやかな活動を始めました。

 

当時はちょうど教科書検定(「侵略」を「進出」に改めよといった文部省による指導)が国際問題になった時で、憤りを持ってその報道を受け止めた私たちは大学祭で「南京大虐殺写真展」、映画「侵略」の上映、朝鮮人被爆者「李実根氏の講演会」などを企画・実行しました。また、そのグループの中で「国家の原理と反戦の論理」にはじまる貴方の国家論、民主主義論の学習会も行いました。

 

 卒業後は、鳥取県の高校現場で働くことになりましたが、貴方が『国家と文明』の結論で述べられた展望(あるいはその後『ポストモダンと天皇教の現在』〔「文化の変革」〕で整理された展望)を現実の中で具体化していくために何ができるのか、ということは重要な問題でありつづけました。別紙に、私がこれまで取り組んできたことや私自身の感想に触れさせていただきますが、全国各地でさまざまな人たちがすばらしい実践をしており、未来は決して暗いことばかりではない、ということを現在は思っています。

 

 最後になりましたが、竹内芳郎氏と討論塾の皆さまのご健康と活動の発展を心よりお祈り申し上げます。

 

2006年 1月10日