J.P.サルトルにおける自由と状況」 終章

  

以上、われわれは、1930年代半ばから1960年台までのサルトルの思想的・実践的歩みをたどってきた。この歩みはまさに〈自由と状況〉という思想の具体化・深化の過程だったといえる。もう一度簡単に振り返っておこう。

 

サルトルはまず、想像意識の研究を通じて意識(人間)の自由について論じた。彼は、想像意識が目前の現実からはなれて非現実の世界(想像界)を志向するということに注目し、このような意識の「現実離脱のはたらき」を(現実に埋没している事物とは異なる)意識の自由としてとらえたのである。

 

だが、想像意識が現実世界から離脱するといっても、現実とのかかわりを断ち切ってしまうわけでは決してない。現実世界は像(イマージュ)がその上に成立する土台として常に想像意識を背後から支えているのである。そしてサルトルは、意識によって生きられる現実世界を〈状況〉(シチュアシオン)と名づける。

 

このように、『想像力の問題』においてすでに〈自由と状況〉ということが主題となっているのである。だが、想像(イマジナシオン)という特殊な意識を扱ったこの著作において、中心的な主題は「想像意識の現実からの離脱」といった抽象的な自由であって、意識(人間)によって生きられる現実世界(状況)の問題ではなかった。

 

自由な意識存在(人間)とそれをとりまく現実世界(状況)とのからみあいを正面から扱ったのが『存在と無』である。意識は現実世界(及び自己自身)に対して距離をおくことによって、それぞれ固有の仕方で現実世界とのかかわりを形成していく自由な存在である。

 

ところが、世界内存在である意識(人間)は、常に特定の場所に、特定の事物や他者に囲まれて存在するのであり、サルトルはこのことを「意識の事実性」としてとらえる。

 

行動というのはまさに人間の自由の表現なのであるが、ここにおいて事実性というのは行動の状況として把握されるのである。サルトルによれば、「自由は状況のうちにしか存在しないし、状況は自由によってしか存在しない。(注1)」つまり、人間の自由な行動というのは何らかの状況でしか実現されず、常に現実世界によって規定され、拘束されているが、しかし、まさに人間はこの現実世界を土台として自らの行動を実現するのであり、そのことによって所与の現実世界を私の状況として意味づけるのである。

 

このように、『存在と無』においては、自由と状況との絡み合いが正面から扱われている。しかしながら、『存在と無』における状況というのは、それ自体では意味・構造を持たない所与であり、私の自由な意識によって「私の状況」として意味づけられるものにすぎなかった。つまり、『存在と無』においては状況というものが抽象的にしか扱われておらず、「状況における自由」としての人間も、真に具体的レヴェルで解明されてはいないのである。

 

具体的な状況というのは既に何らかの意味を持った社会的・歴史的状況なのであり、具体的な人間というのはこの状況によって深く規定された社会的・歴史的人間なのである。第2次世界大戦後サルトルは(状況への)アンガジュマンという思想と実践によってさまざまな曲折を経ながらも、しだいに社会的・歴史的状況に対する認識を深化させていく。そして、そのことによってしだいにマルクス主義の真の意義を理解し、評価していくことになるのである。

 

1960年の大著『弁証法的理性批判』においてサルトルは、実存主義とマルクス主義を統合することによって構造的(社会学的)人間学を構築した。この仕事によって彼は、教条主義的マルクス主義を根底から克服していく道を開いたわけであるが、同時に旧著『存在と無』における自らの哲学をも乗りこえたのである。

 

つまり、『存在と無』において、状況というのはそれ自体では無意味・無構造的な所与であったが『弁証法的理性批判』においては、それが客観的な意味・構造をそなえた社会的・歴史的状況としてとらえられているのである。

 

諸個人(及び諸集団)の実践が客体化・固定化すると、それ自体で意味・構造を持った実践的惰性態(社会構造、生産様式等)として存続することになる。人間は、先行する世代の実践によって形成された様々な実践的惰性態によって規定されているのである。

 

実践的惰性的分野というのは、それ自体で意味・構造をそなえた社会的・歴史的状況というべきものであるが、真に具体的な人間というのは、このような状況によって深く規定された社会的・歴史的存在なのである。

 

それでは、『存在と無』における人間観は放棄されたのであろうか。決してそうではない。人間は、「状況における自由」である、という『存在と無』における人間観を彼は一貫して保持している。『弁証法的理性批判』は、前著においていまだ抽象的であった状況把握、人間把握を(すでに意味・構造を持った)社会的・歴史的状況における社会的・歴史的人間として真に具体化したのであって、「状況における自由」という人間観を放棄したわけでは決してない。

 

確かに、社会的状況というのは乗り越えがたい重みをもって人間に迫ってくる。しかしながら、『批判』において彼自身が言っているように「自由な活動こそが、彼を押しつぶす一切のもの(・・・)を彼なりに自分の自由の中でとらえなおす」(注2)のであり、「自由は自由の環境の中で、この乗り越えがたさを〈のりこえられるのりこえがたさ〉として開示する」(注3)のである。ここには明らかに、〈状況における自由〉という彼の人間観が生きている。

 

そしてまた、確かに人間が社会的・歴史的状況(そして、それによって深く規定された家庭をはじめとする諸集団)によってつくられる、ということは事実であり、このことは『批判』の中でもはっきり述べられている。

 

しかしながら、パンゴーとの対談でサルトルは次のように言っている。

「本質的なことは、(すでに)人間がつくられているそのありかたではなく、つくられているそのあり方でもって人間が何をつくるのか、ということなのです。(・・・)人間がつくるものとは、歴史自体であり、全体化する実践の中で、それらの諸構造を現実に乗り越えることです。」(注4

 

このように彼は、社会的・歴史的状況の重みを真に理解した後においても歴史をつくる人間の主体的実践を強調しているのである。『批判』において彼が展開したダイナミックな集団論というのも、人間が集合態的な無力さをつきやぶって形成する共同の実践というものを記述することによって、歴史における人間の主体性・実践的活動性を強調したものだ、ということができるだろう。

 

以上のようにサルトルは、一貫して人間の自由・主体性ということを強調しているのであり、人間は〈状況における自由〉であるという人間観をはっきりと保持しているのである。この点において彼は一切を客観的過程の中に解消する教条主義的マルキストや、一切を無意識の構造のなかに還元する構造主義者とは明らかに一線を画する。

 

『弁証法的理性批判』において彼は、実存主義をマルクス主義内部に包摂することによって構造的(社会学的)人間学を構築したが、それによって彼が目指したのは、人間の主体性と社会・歴史の客観的構造を同時に把握することだったのである。

 

1章から4章まで、私はサルトルの思想的発展を〈自由と状況〉という視点から整序していくことを試みた。その結果からわかることは、彼の「思想史」というのは、己の思想を乗り越え、よりいっそう具体化してい過程であって、決して過去における己の思想を放棄するものではない、ということである。後期サルトルの思想の中には、はっきりとそれ以前の思想が生きているのであり、人間は〈状況における自由〉であるという思想は一貫して保持されている。

 

それだけではない。サルトルは、まさに己の実践によって生涯この思想を生き続けたといえるであろう。サルトルが一貫して保ち続けた姿勢というのは、現実の徹底的な開示を目指して、自らの思想をたえざる批判の渦中に投入し、そのことによって自らの思想を乗り越えていくという姿勢であり、社会的・歴史的現実に全力で体当たりしていくことによって、そのつど己の思想的・実践的態度を決定していくという姿勢であった。

 

現実世界へ積極的に関わり、現実に真っ向から立ち向かいつつ、たえず己の生と思想を乗り越え、創造していくという彼の生涯そのものが、〈人間は状況における自由である〉という彼自身の思想を、非常に活動的な力強い仕方で実現したものではないだろうか。

 

(注)

@『存在と無』 187頁

A『弁証法的理性批判』 386頁

B    同      391頁

C『サルトルと構造主義』 233頁

 サルトル/パンゴー他  平井啓之訳

 竹内書店 1968年77日 第1刷 

 

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