『弁証法的理性批判』について      20083月(HPに公開)、19833月(卒業論文執筆)

                

 本稿では『存在と無』に続くサルトル哲学的主著である『弁証法的理性批判』の意図・内容の全体をまとめていきたい。

 

     付記 2011年 5月  

 

 『弁証法的理性批判』は史的唯物論の哲学的基礎付けを意図した仕事であったが、後に『国家と文明』「史的唯物論の再構成」を行った竹内芳郎氏の著書『サルトルとマルクス主義』に本稿(本論文)は多くを負っている。

 

先に述べたように(「アンガジュマンの思想と活動」本文末尾)『弁証法的理性批判』(注1)の第一の意図は、旧実存主義を乗り越えて構造的(社会学的)人間学を構築することであった。

このような構造的人間学の形成、という見地からすると『存在と無』の哲学は、いかなる長所と問題点を持っていたのであろうか。

 

〔(注1)弁証法とは、ヘーゲルの提唱した「ダイナミックな運動・発展」の理論。その特徴は分裂や対立・矛盾が運動・発展(成長)の原動力である、という考え方。また、事象を分析的に個別化していくのではなく、常に他の事象とのかかわりの中へ、より広い全体の中へ位置づけ構成していくという「認識や精神の働き」を重視する点もその特徴である。〕

 

まず、第一に長所としてあげられるのは、意識の本質を常に超越的対象(外的対象)を目指す志向性としてとらえ、意識から独立して存在する即自存在=物の存在(※)を認めたことである。常に外部にある即自存在と関わるものとして意識をとらえたということは、人間を(自己のうちに閉ざされた個我としてではなく)社会的存在として扱っていくための萌芽である。

 

(※)即自(即自存在)とは人間の意識から独立した物の存在 

   対自(対自存在)とは意識を持った人間存在(意識存在=人間)

 

   思想のページ   ホームへ 

 

 しかしながら、多様な物質性をそれ自体では意味を持たない抽象的存在に帰した、という点に問題がある。『存在と無』においてサルトルは「意識が対象を意味づける」という事実を強調するあまり、対象がすでにそれ自体で持っている意味をほとんど無視してしまったのである。

 

 第二に、人間の自由を「状況における自由」としてとらえ、行動に対する状況の制約性を認めた、ということが長所として挙げられる。しかしながら、一切の状況を無意味で無構造的な「所与(与えられたもの)」に還元してしまったところに問題がある。

 

 サルトルはこのような「所与」が、私の自由な状況によって「私の状況」として意味づけられることを強調しただけで、社会的・歴史的状況がそれ自体において持っている意味・構造をほとんど無視してしまったのである

 

 だが、社会的・歴史的存在である人間の活動は、すでに意味を持った社会的物質によって規定されており、すでに何らかの意味・構造をもった社会的・歴史的状況によって規定されている。『存在と無』においてサルトルはこのことを充分にとらえていなかったのである。構造的・社会学的人間学を構築するためには、以上のような問題点をのりこえていかねばならない。

 

 1940年代のサルトルは『存在と無』で展開した自らの哲学を、ほぼそのままの形で保持していたのであり、1946年における彼の論文「唯物論と革命」の中にもこの哲学の特徴と問題点がはっきりとあらわれている。

 

 「唯物論と革命」において彼は、唯物論を「客観性の神話」としてしりぞけ「社会・歴史に働きかけ変革する人間の主体的実践を強調しているが、その働きかけを有効なものとするためにも、まず、社会や歴史が客観的な意味・構造を持っていることを認め、まずそれらを徹底的に解明していくことが必要なのである。そして、マルクス主義の史的唯物論こそは、社会・歴史の持つ意味・構造を解明・把握していくための武器であった。

 

 サルトルは、弁証法的理性批判序説の『方法の問題』において、そのようなマルクス主義の意義をはっきりと認め、次のように言っている。「生きたマルクス主義とは“発見学”なのである(注2)」「マルクス主義の力と冨をなしたものは、それが歴史の過程をその全体において明らかにするための最も根本的なこころみであったということである(注3)」

 

 (前章においてみたように)サルトルはアンガジュマン=社会参加の実践を通してしだいに社会的歴史的状況に対する認識を深め、マルクス主義の真の意義を評価するようになっていた。

 『弁証法的理性批判』の哲学は、史的唯物論の原理を基本的に受け入れることによって構築されている。ここにおいてサルトルは、個別的実存に固執する実存主義を乗り越え社会・歴史の理論である史的唯物論を完全に自分のものにしているのである。

 

 そしてまた、史的唯物論を受け入れ我が物にすることによって、先に述べた『存在と無』の哲学上の問題点も克服されるわけである。

 それではサルトルは、単純に実存主義からマルクス主義へと立場を「変更」したのであろうか。決してそうではない。『弁証法的理性批判』(以下『批判』とする)の膨大な仕事によって彼が意図したことは、実存主義(あるいは現象学的存在論)をマルクス主義の内部に包摂することによって、マルクス主義を生きたものにしていくこと(実存主義の包摂によって史的唯物論を再構成すること)だったのである。

 

 しかしながら、なぜこのような仕事が必要だったのであろうか。それは、当時のマルクス主義がはらんでいた様々な問題点や欠陥を克服していくためである。

 この、問題点・欠陥とは、当時のマルクス主義者たちが、いわゆる理論信仰・教条主義に陥り、自らの理論を固定化し絶対化していたということである。

 

 本来、理論というものは常に現実の実践のなかで生かしていくべきものであり、また、実践とのかかわりの中で常に再検討していくべきものである。にもかかわらず、党の指導者たちは理論を実践から分離し、絶対化することによって教条主義・公式主義に陥ってしまったのである。「理論と実践の分離はその結果として、実践を無原則な経験主義に変え、理論を純粋で凝結した“知”に変えてしまうことになった(注4)」

 

 ソ連をはじめとする共産党の指導者たちは、理論を絶対化、固定化することによってそれにあわない現実を切り捨てていった。そして、現実の実践に生かすために現実をできるかぎり解明していくという「発見学」としての本来のマルクス主義は全く停止してしまったのである。

 それでは、党の指導者(「社会主義国家」の指導者)が信仰した教条・公式とはいかなるものだったのか。それは、エンゲルス流の「自然主義的・客観主義的一元論」である。

 

 エンゲルスは自然界も人間界も含めて客観的存在の全てを貫き包括する科学的法則として自然弁証法というものが存在することを主張する。そして、この主張を受け継いだ多くのマルクス主義者は、自由な主体である人間を「単なる一客体」として自然の中に解消し、人間の実践・人間の歴史も含めて一切はこの自然弁証法に従うと主張するのである。

 

 このような「客観主義的一元論」においては、人間の主体的実践・具体的経験は無視され、すべてが客観的過程の中に解消されてしまう。その結果、主体的存在である人間の「物格化」が成立する。ところが、そのように人間を自然物として対象化(物格化)するおのれ(マルキストである党指導者)の主観そのものは「世界の外で世界を観想する主観」として絶対化・神格化されるのである。

 

 以上のように、党の公式である客観主義的一元論においては、人間(他者)の「物格化」と人間(自己)の「神格化」が同時に成立する。

 民衆を物のように操作する「神格化された前衛党」の出現と、以上に述べたような公式主義(客観主義的一元論)とは深い関係があるといえよう。

 

 それでは、このような「公式」に対してサルトルはいかなる態度をとるのであろうか。

 彼は「教条主義者」の主張する客観主義的一元論を否定し、エンゲルスの自然弁証法を「独断的弁証法」として拒否する。

 

 自然界および人間界の一切の実在を貫く大法則としての自然弁証法というものは、エンゲルスの主張するような科学的法則ではなく、独断的な形而上学的法則なのであり、そのようなものは存在しない。仮に存在するとしても、神ならぬ人間にはそのような大法則をその外部から観想・把握することは不可能である。いずれにせよ、「形而上学的大法則」である「自然弁証法」について語ることは無意味であると言わなければならない。

 

 このようにサルトルは自然弁証法を否定した後、考察の対象を社会的・歴史的弁証法に限定する。

 彼は、マルクスが歴史を解明するために依拠した原理=史的唯物論を評価し、それを基本的に受け入れつつ、社会的・歴史的弁証法を展開しようとしたのである。

 

 マルクスの史的唯物論を簡単に定式化すると次のようになる。

「生産力・生産関係・生産様式といった経済的構造が人間の社会・人間の歴史を根底から規定する。そして、既成の社会が解体し、新たな社会へ移行していくための様々な条件が(生産力増大の結果生じる)“生産様式内部の矛盾”というかたちで形成されていく。」

 

 サルトルはこの原理を基本的に受け入れる。しかし彼は、多くのマルクス主義者が主張しているように、史的唯物論を「生産力が生産関係と矛盾に陥ったり照応したりする“自然法則的な自動運動”」であるとは考えない。(あくまでも社会科学上の「作業仮説」)

 

 歴史というのは決して自然法則的な自動運動ではなく、あくまでも人間の主体的実践を原点として形成されていく、と考えるのである。

 例えば「生産力の源にあるのは人間と自然の交渉」であり、「生産関係の源にあるものは人間と人間との交渉」である。生産力、生産関係というものは決して自然科学的な「物質」なのではなく、あくまでも人間の実践によって形成されるものなのである。

 

 『批判』においてサルトルが行おうとしたことは、実践弁証法(※)によって史的唯物論を基礎づけること、つまり、「認識を含めた人間の実践」を原点とする弁証法によって人間社会・歴史の運動を基礎づけることだったのである。

 

〔()竹内芳郎氏は『弁証法的理性批判』の意図を「『資本論』の弁証法によって史的唯物論を再構成することだった」と述べている。なお、マルクスが『資本論』で方法として用いた弁証法(下向-上向法)については「資本論の方法」を参照されたい。〕

 

 

 そもそも人間の実践なくしては「社会」「歴史」というものは形成されるはずはないのであり、「社会」「歴史」の原点はあくまでも人間の実践なのである。

 しかしながら、個々の人間にとって社会や歴史は乗り越えがたい重みを持っており、人間(諸個人)の意思によってそれを思うままに動かすことはほとんど不可能である。人間の実践の集積にすぎないはずの社会や歴史が、現実において諸個人の意思や行動を超え、逆にそれらを支配してしまうのはなぜであろうか。

 

 それは、諸個人の実践が「疎外(注5)」され「客体化」することで、当初の実践的意図に関わりなく、何らかの意味を持ったものとして固定化してしまうからである。例えば、複数の人間的実践が疎外され客体化することによってある「固定的な社会構造」や「生産様式」が形成される。それを形成した原点は確かに人間の実践なのであるが、それは誰からも意図されなかったような意味を持って人間を規定し、支配する。

 

 つまり、確かに社会や歴史の根源にあるのは人間の主体的実践なのであるが、多数の人間の実践が疎外され客体化・固定化していくことによって、社会や歴史(およびそれらの運動)は、誰からも意図されなかったような客観的な構造や法則性を持つにいたるのである。

 

 以上のような疎外論をもってすれば、人間の主体的実践と社会や歴史の持つ客観的な構造(傾向的な運動法則)が同時に把握可能である。さらに言えば、この疎外論によって、人間の主体的実践を強調する実存主義と、社会(歴史)の客観的意味や構造を重視するマルクス主義との統一も可能になるのである。

 

 「疎外論」を用いて実存主義とマルクス主義を統一すること、これこそまさにサルトルが『批判』において行おうとしたことである。この作業によって「社会・歴史の構造と運動法則の理論である史的唯物論」も平板な客観主義的一元論ではなく、自らのうちに「主体的実践とその疎外」との二元の弁証法を含む立体的な理論として再構成されるのである。

 

 以上のようにサルトルは人間の社会・歴史というものを実践弁証法と実践の疎外・客体化の弁証法によって記述しようとするわけであるが、彼は、多くのマルクス主義者がするように「社会や歴史を外からながめること」によって弁証法を把握・展開していくのであろうか。

 

決してそうではない。彼は、「自らの認識主観そのものを社会・歴史の中に位置づけ」自らの認識が社会や歴史によって制約された有限なものであることをはっきり自覚しつつ、社会的・歴史的弁証法を展開するのである。この弁証法は社会・歴史を外からながめることによって一挙に把握されるものではなく、有限な認識主観である人間(『批判』の場合はサルトル)が社会の中で少しずつ自らの認識を拡大していくことによって次第に「開示」されていくものなのである。

 

それは、認識の「全体化作用」(=事象を分析的に個別化していくのではなく、常に他の事象とのかかわりの中へ、より広い全体の中へ位置づけ構成していくという認識の働き)によって少しずつ開示されていくのである。

 

したがって、『批判』の記述は、まず最も直接的で抽象的な段階である「個人的実践」から出発してさまざまな全体化の契機を経て最後に「歴史的人間」という最も具体的な段階へのぼりつめていくのである。

 

以上のようにサルトルは、自らの認識主観を社会・歴史の中に位置づけつつ、社会・歴史の運動を「実践弁証法」と「実践の疎外の弁証法」によって記述していく。このような作業によって教条的マルキストのドグマティズム(自己理論の絶対化)と客観主義的一元論を完全に克服していく道が開けるのである。

 

『批判』の本論に入る前に、あらかじめその概要を示しておこう。

『批判』は@「構成する弁証法(個人的実践)」、A「反弁証法(実践的惰性態)」、B「構成された弁証法(集団的実践)」の三つの段階を進んでいく。その内容を大まかに見ると次のようになる。

 

人間の主体的実践が疎外され客体化・固定化することによって実践的惰性態(=生産物、生産様式、諸制度、政治機構、社会構造など、人間によってつくられた「存在」)が形成される。それは、人間によって形成されたものであるが、「すでに形成されたもの」として諸個人を規定・支配する。それらの分野に埋没し、受動的に支配される人間は、真の活動性を持たない集合体(大衆)にすぎないが、共通の目標を目指す「共同の実践(集団的実践)」によって、実践的惰性的分野をのりこえ、真の活動性をとりもどす。

 

実践的惰性態(=生産物、生産様式、諸制度、政治機構、社会構造など、人間によってつくられた「存在」)は、いわば歴史の「受動的原動力」であり、社会・歴史の客観的構造や運動法則というのはこの分野において成立する。それに対して集団的実践(特に階級闘争)は歴史をつくる人間の主体的活動であり、歴史の「能動的原動力」というべきものである。

 

第1節                           構成する弁証法

 

@    個人的実践

 

サルトルによれば、個人的実践は弁証法(社会的・歴史的弁証法)をつくり出していく創造的原点である。この社会的・歴史的弁証法は、「精神や生産力」の自動運動ではなく、あくまでも諸個人の実践か「構成していく」ものだという観点から「構成する弁証法」と呼ばれる。

 

彼が弁証法を個人的実践(構成する弁証法)から出発させるということは、明らかにヘーゲル主義や従来のマルクス主義に対抗する彼固有の実存的な立場がはっきりとあらわれている。彼は次のように言う。「もしも弁証法が再び神聖な法則、形而上学的な宿命となってしまうことを欲しないならば、弁証法は諸個人からやってくるのであって、何だかわからぬ超個人的な総体からくるのではないのでなければならぬ(注6)」

 

それではサルトルは、具体的にどのような実践を取り上げるのであろうか。

人間と自然との原初的な交渉であるところの「欲求」および「労働」である。「欲求」も「労働」も人間と自然との包括的で弁証法的な交渉なのである。

 

はじめに「欲求」について述べておこう。「欲求」というのは、第一に欠如(満たされていないという否定性)の認知であると同時に、それが満たされた状態に向けての投企(注)である。

(注)投企…何らかの意図・目的(その達成)を目指すこと。「もくろみ」とほぼ同義。

 人間は周辺の物質(食物等)を摂取・活用することによってこの欠如を否定し、欲求の充足・生命の維持を実現するのである。

 

 これを図式化すると「欠如(否定性)の認知⇒欠如の否定⇒欲求充足・生命の維持」となる。つまり、欲求においては否定の否定が一つの肯定的なものになるのである。そして、注目すべきことは、「欲求」という投企に照らして「周辺のばらばらな所与が欲求充足のための場として“全体化”される」ということである。(欲求というのは一つの「全体化作用」でもあるわけだ。)

 

そして、サルトルは言っている、「全体化作用こそが(…)物質的存在を豊富さなり希少性なりとしてあらわにするであろう(注7)」と。

ところで多くの場合、人間の生活物資は自然界にあり余っているわけではないため「労働」ということが必要になる。「労働」において、労働主体であるところの人間は、自己を“対象化”することによって対象を“人間化”する。いいかえるならば、人間は自己の身体を一個の対象(道具)として用いることによって自然の対象に働きかけ、それに人間的な意味を与えるのである。

 

例えば、荒地を開墾するという労働の場合、人間は自然に働きかけ変形・加工(開墾)することでそれに人間的な意味(畑・耕地)を与えるのであるが、そのためには労働主体である人間が自己の身体を「自然を加工するための道具」(開墾するための道具)と化する必要があるのだ。このことをサルトルは次のように表現する。「(…)労働の主要な契機とは有機体(人間)が周辺の惰性(対象)を転形するために自らを惰性的なもの(道具)とするところの契機である(注8)」

 

このような労働の弁証法は、サルトルがマルクスから受け継いだものであるが、そのこと自体が彼の哲学にとって大きな飛躍であったといえる。というのは、彼の『存在と無』において対自存在(人間)は主体的存在以外の何ものでもなく、即自(対象物)への対自の働きかけが問題になる行動の次元も、意図・目的を実現するための投企(および状況の開示)といった主体的意識活動の側面からのみ解明されていたのだから。

 

彼は、『批判』の中で、労働主体である人間が自らを対象(道具)とすることによって周辺の対象に働きかけ、それを人間化するという労働の弁証法を認めたが、そのことによって「即自に対する対自の働きかけであるところの行動」を、「即自(対象物)の人間化と対自(人間)の対象化(道具化)」といった真に具体的レヴェルで問題にすることができたのである。

 

つまりここでは、行動を単に主体的意識活動としてとらえているのではなく、行動主体(人間)が対象に働きかけるために自ら客体化するということがとらえられており、また、単に主体の側面から行動を見るのではなく、働きかけを受ける対象が行動(労働)によって加工され人間化される、という側面がとらえられているのである。

 

A    人間関係

 

最も直接的で抽象的な段階である「個人的実践」を記述した後、サルトルは次に一歩具体化された段階であるところの「人間関係」を記述する。彼は、この「人間関係」というものをひとまず社会的・歴史的な規定から純化して二元的人間関係、三元的人間関係という次元で記述するのである。

 

まず、二元的人間関係(二人の人間の一対一の関係)についてサルトルはこれを「お互いに相手を同じ人間だと認知しあう相互性の関係」としてとらえる。現実の人間関係というものは、さまざまな具体的な形態をとりうるが、それがいかなるものであれ、その根底にはやはり相手を自分と同じ人間だと認知しあう「相互性」の人間関係が前提されているのである。

 

だがそれは、人間関係というものが常に好意的で共同的なものであることを意味しない。相互性の人間関係というのは、具体的人間関係の根底をなす抽象的・本質的なものであって、具体的レヴェルでは「相互性は肯定的にも(共同的にも)あるいは否定的にも(闘争的にも)なりうる(注9)」のである。

〔補足〕

『精神現象学』でヘーゲルが「自由な人間(精神)の相互承認」を描いたのに対して『存在と無』のサルトルは「人間関係の相克」をリアルに描いている。他方、『弁証法的理性批判』では、「停留所に集まる群衆」や「共同の実践を行う集団」における人間関係を描いているが、あらゆる人間関係の根底にあるものとして、「相手を同じ人間だと認知しあう“相互性”」を取り出しているのである。

 

 続いてサルトルは、三元的人間関係について記述する。

二元的人間関係というのは、実は二つの意識活動(人間)が並存しているにすぎないのであるが、このように並存する二人の人間を一つの全体(彼ら)として対象化・統一するのは第三者なのである。「第三者は自分自身の目的に向かって二元を乗りこえながら、それを対象としての統一性(…)として開示する(注10)」わけである。この三元的人間関係というのは、後に集団的実践を記述するに際して重要な意味を持ってくる。

 

〔補足〕

 長谷川宏は『同時代人サルトル』の中で、けんかしている二人の子どもが「やめろ!」という大人(第三者)の指示によって外から統一され「止めるべき行為」という意味を与えられる場合を例示している。

 

 ところで、サルトルが人間関係というものを社会的・歴史的規定から純化して、それだけを取り出して記述したのはなぜであろうか。それは、人間関係というものを根本的に活動的、実践的なものとして示すためである。

 

 多くのマルクス主義者は、人間関係というものを初めから社会や歴史の「生産物」として扱うために、本来の活動的・実践的人間関係をとらえ損なってしまったのである。

 

 このことは、個人的実践に関してもいえる。彼がそれを社会的・歴史的規定から純化して記述したのは、個人的実践を社会や歴史によって疎外され「物化」される以前の主体的・活動的なものとして示すためでもあった。マルクス主義者がするように、個人的実践や人間関係を「社会的・歴史的生産物」として扱うならば、それらは初めから「物化」されていることになり、そもそも人間や人間関係の「物化」・「疎外」とはどんなものだろうかということさえ理解できなくなるのだ。だから、多くのマルクス主義者は「搾取」を語ることは多くても、「人間や人間関係の疎外」について語ることはほとんどない。

 

 現代社会における人間疎外(例えば、テーラーシステムなどによる労働者の物象化、資本の増殖過程における労働の商品化、官僚制による人間関係の疎外等)を理論的に解明していくためには、まず人間および人間関係を(歴史の「生産物」としてではなく)主体的・実践的・活動的なものとして最初に把握しておく必要があるのだ。

 

 サルトルが「構成する弁証法」において個人的実践および人間関係を、社会的・歴史的規定から純化して記述したことの大きな意義の一つはそこにあるといえよう。 

 

第2節                           反弁証法(実践的惰性態)

 

 サルトルは、社会的・歴史的規定を除外した抽象的レヴェルで個人的実践および人間関係を記述した後、より具体的段階の記述に入る。

 

 個人的実践にせよ人間関係にせよ、それだけで孤立して存在するのはないのであって、それらは常に「各人間をすでに規定し疎外している諸制度や諸道具の惰性的な土台の上にあらわれるわけである(注11)」

 

 すでに形成された惰性的な土台(例えば仕事場の構造、すでに意味を持った用具、定められた諸制度…)によって人間は規定されているのであり、それによって諸個人は受動的に統一されているのである。このように人間を規定し、統一する惰性的な土台のことをサルトルは「実践的惰性態」と呼ぶ。

 

 この「実践的惰性態」には生産物、用具、機械、諸制度、政治機構、生産様式=経済的構造、社会構造…の様々なものが含まれる。それは元来人間の実践によって形成されたものであり、「諸個人の実践が何らかの仕方で客体化・固定化していったものである。

 

 この意味において、サルトルは実践的惰性態のことを人間によって加工された物質=〔(改変された自然も含めて)人間によって形成され、意味づけられたもの〕という具合にも表現している。

 ところが、この実践的惰性態(加工された物質)は、元来人間によって形成されたものでありながら、形成された後にはそれ自体で意味を持つものとして存続し、人間を全面的に規定・支配するようになる。実践的惰性態はのりこえがたい重みを持って人間を規定するのである。

 

 ここにおいて経験の逆転(主客の転倒)がおきる。つまり、個人的実践のレヴェルでは人間は対象に働きかけ、対象を意味づける実践主体であったが、諸個人の実践が(それ自体で意味を持つ)実践的惰性態として固定・存続することによって、今度はこの実践的惰性態の方が人間を意味づける主体となり、人間はそれによって意味づけられる対象となるのだ。

 

 人間の実践の惰性化およびそれに伴う「主客転倒現象」がサルトルの言う「原始的疎外」である。実践的惰性態が人間たちから盗んだ実践を一つの反目的性(敵対的な力)の形で人間たちの方にさしもどしつつ人間たちを規定する時、人間と物との間に主客転倒現象(原始的疎外)が生じる。そして、さまざまな具体的人間疎外(テーラーシステムなどによる労働者の物象化、資本の増殖過程における労働力の商品化、官僚制による人間関係の疎外…)の根底には常にこの原始的疎外(人間と実践的惰性態との主客転倒)があるのだ。

 

 つまり、具体的疎外の根底にあるのは「人間の行動が自らの無力さを確認して一つの非人間的な目的のために、つまり加工された物質のためにみずから手段となる(注12)」という原始的疎外なのである。

 

 人間が、この社会において生存していくためには、加工された物質(用具・機械・諸制度…)の要求に従い、みずからその手段とならねばならない。(例えば、賃金労働者は生活していくためにはいかに耐えがたいものであっても機械の要求に従いその動きに合わせて労働していかねばならないし、単なる一商品として資本の増殖過程に奉仕しなければならない。)

 

 以上のように、実践的惰性態(生産物、用具、機械、生産様式、諸制度、政治機構、社会構造…)は人間を規定・支配する。そして、実践的惰性態は、それ自体で客観的な意味・構造を持っており、これが社会的・歴史的弁証法の「受動的原動力」となるのである。

 

 それは、人間の実践によって形成されたものであるが、それ自体の意味を持って存続し、歴史というのはあたかも実践的惰性態(特に経済的構造)それ自体の発展であるかのような相貌を呈するのである。そして、このレヴェルにおいてこそ史的唯物論というものも成立してくる。

 

 

 社会的・歴史的な人間の営み、人間相互の関係というものはすべて実践的惰性態を土台として、それに規定されたものとして行われる。

 ところで、歴史を見れば明らかであるが、人間関係というのは多くの場合、「支配被支配、階級対立」等の否定的・敵対的な形態をとってきた。基本的な人間関係である「相互性」が、「敵対性」といった否定的関係へと転化してしまうのはなぜであろうか。サルトルはこのような転化の条件として「希少性」ということを取り上げる。

 

○ 希少性と生産様式 

 

希少性というのは、根源的には人間の生活にとっての物資の希少性のことである。人間が生存していくためには必ず衣・食などに関わる生活物資が必要である。ところが人間の 一次的ないし二次的欲求を満たすのに充分な生活物資が自然界には存在しないのである。

 

このような希少性の枠内において、人間関係も根本的な変容を受ける。つまり、基本的な人間関係であるところの相互性が敵対性へと転化するのである。サルトルは言っている。「純粋な相互性においては私とは別のもの〔他者〕もまた私と同じものである。ところが希少性によって変容された相互性においては、その同じ人間が根本的に別のもの(私にとって死の脅迫の保持者)としてあらわれる(…)(注13)」私は生活物資を摂取することによってのみ生存できるのであるが、他者は私の生活物資を奪い取ってしまうかもしれない。

 

こうして、希少性(特に一次的欲求に対する物資の希少性)の枠内において他者は、私の生存をおびやかす敵対的な存在としてあらわれる。敵対的人間関係、暴力的人間関係が希少性の環境の中で生まれるのである。そしてサルトルは、人間の「歴史」が支配被支配、階級的対立といった敵対的(否定的)人間関係とともに始まったのも(エンゲルスの言うような生産力増大の結果ではなく)人間の生活および人間相互の交渉が希少性という環境の枠内で営まれていたからだ、と考えるのである。

 

サルトルが希少性ということを強調したことにはそれ以外にも大きな意義がある。

希少性というのは、生産様式(生産力・生産関係を含む経済的構造の総体)があらゆる社会の根本的規定因である、という史的唯物論の原理を支える根拠となるのである。それはなぜか。

 

先に述べたように、人間が生活していくためには必ず生活物資が必要である。ところが、すべての人間の一次的・二次的欲求を充分に満たすだけの生活物資は自然界に存在しない。このような意味における「物質的諸条件の制約性=希少性」のゆえに、いかなる社会においても人間は生産活動を強いられる。そして、物資を生産するための生産力、生産関係(生産様式)という経済的な要因が、社会や歴史を根底から規定する重要な因子になるというのも、社会・歴史が希少性の環境の中に存在してきたからである。

 

従来の人間歴史が「希少性に対する灼熱的な闘争」だったからこそ生産様式(経済的構造)が他の因子以上の重要性をもって社会や歴史を規定してきたのである。「希少性の環境の中でこそ、一定の社会の全機構がことごとくその社会の生産様式のうえに成立するわけである(注14)。」

 

先に述べたように、実践的惰性態(諸制度、政治機構、社会構造、生産物、生産様式…)は「歴史の受動的原動力」なのであるが、従来の歴史は物質的諸条件の制約性=希少性を背景に「生産様式という経済的要因」によって強く規定されてきたのである。(そして、一見、物の豊かな高度資本主義社会においても「生活物資を得るためには労働しなければならない」という必然性は明らかに存在する。)

 

以上、歴史の受動的原動力である実践的惰性態のなかで「生産様式」というものが特権的な重要性を持つ、ということを見た。事実、個々人の意思を超えて「物質的技術的複合体としての生産様式」は、それだけでほとんど自律的な歴史の原動力となっているのだ。

 

これが、史的唯物論に固有の「唯物論的契機」である。

生産様式は社会や歴史を根底から規定しており、ある社会から他の社会へ移行していくための客観的条件も、この生産様式内部の矛盾という形で形成されていくのである。

だが、サルトルは史的唯物論と自然科学的な法則とを決して同一視しない。彼は、このような物質的・客観的過程も、人間の主体的実践を基礎において、その実践が自己を疎外し、客体化・固定化したものとして、すなわち「実践的惰性態」としてとらえるのである。史的唯物論における歴史の運動法則にせよ、『資本論』が展開・記述した「資本の自己増殖」にせよ、このような実践的惰性態のレヴェルにおいて成立するのである。

 

〔補足〕

 主体的実践がどのように自己を客体化して実践的惰性態となるか、そして、この実践的惰性態(加工された物質)がどのようにして今度は逆に人間のほうを規定し支配するのか、『批判』のなかでサルトルはさまざまな歴史的事実に基づいて論を展開している。

 

○ 集合態

 

実践的惰性態は人間を規定・支配するのであるが、この実践的惰性態の分野に埋没しそれによって受動的に規定され、統一される(惰性的な)人々の集まりのことを集合態という。集合態というのは言わば社会の中に埋没し、(集団としての)活動的なまとまりを持たないバラバラの大衆とも言うべきものである。つまり、共通の目的を目指して共同で実践する活動的な人々の集まりを「集団」と言うのに対して、社会的物質によって「受動的に規定され統一される」惰性的な人々の集まりを集合態というのである。

 

〔集団内において人々は「我々」という意識を持つが、集合態において人々はすべて誰でもいい誰か(他者)である。〕

 サルトルは、この集合態(およびその構造的性格である集列性)について明らかにするために、バスを待つ人々の集合態、ラジオの聴取者のつくる集合態、自由競争市場における「価格決定」にあらわれた集列性、「世論」の持つ集列性、等々の例を挙げてそれについての記述を行っている。

 

 まず、バスの停留所に集まる群衆は、停留所(あるいはバス)という「すでに意味を持った“加工された物質”」によって受動的に統一されているにすぎず、活動的集団としてのまとまりを持たない。この群集を構成している諸個人は、私も含めて相互に交換可能な「誰でもいい誰か(他者)」にすぎない。

 

 次に、ラジオの聴取者のつくる集合態であるが、それは「不在」を土台とした間接的な集まりである。彼らはラジオの同一番組を互いに相知らずバラバラに聞いているにすぎないが、それにもかかわらずラジオという「加工された物質」によって受動的に統一されている。この場合、各聴取者相互の人間関係というのは非相互的・非人間的関係としての「無力さ」によって規定されている。

 

 次に、自由競争市場における集列性(集合態的性格)であるが、ここでも人々は「市場」によって受動的に統一される。ここでは商品の取引における各人の主体的意思は疎外され他者化され、結局その市場全体における商品の価格は誰の意思でもない何ものかによって決定されてしまう。

 

 さらに、「世論」もこれらと同様の集列性(集合態的性格)を持っている。「世論」は社会全体によって統一される惰性的な集合態(大衆)の諸意見なのであるが、それは誰の意見でもなく、全ての人々の意見でもなく、全ての人々にとってよそにある他者の思想にすぎない。「世論」とは人々が討論しながら能動的に形成していった集団の意見なのではなく、「誰のものでもない他者の意見」として大衆を規定する。

 

 大衆が「誰でもない他者」の意見に支配されるということは「流行」という現象やベストセラーが飛ぶように売れるという現象に典型的にあらわれている。議会制民主主義の選挙の場合にも、ほとんどの大衆はこのような「他者の意見(世論)」によって、あたかもベストセラーを買うのと相似た仕方で投票を行うのである。

 

 以上、集合態およびその構造的特性である集列性というのがいかなるものであるか、ということを見てきた。集合態というのはまさに日常性に埋没し、社会的物質によって受動的に支配されるだけの人々(大衆)である。

 

 それは、いうならば、「物化された人間」「惰性化された人間」であり、サルトルはこれをすでに述べたような人間化された物(加工された物質)と同様に「実践的惰性態」のカテゴリーに入れている。集合態においては、主体的存在である人間が疎外され物化されるとともに「無力さ」の規定を持つ惰性的人間関係が支配的なものとなる。ここでは私を含めてすべての人々が誰でもいい誰か(他者)として存在するのである。

 

○ 階級的存在

 

 近代以降の市民社会において、集合態としての人々を根底から規定・支配しているのは資本制生産様式である。この社会における全ての人々は「資本の自己増殖」によって規定されており、なんらかの意味でそれに奉仕することが要求される。

 

 だが、とりわけこの「資本の増殖」に奉仕させられる人々、資本の増殖過程で疎外され物象化され商品化される人々は「労働者階級」である。資本家が資本の増殖過程でみずからの利益を追求していくのに対して、労働者は資本の増殖過程に「一商品」として奉仕することを強制される。

 

 サルトルは、「活動的集団として統一される以前の“労働者階級”」というのも一種の集合態(惰性態)としてとらえる。集団を形成する以前の労働者は、社会的物質(用具、機械、仕事場…)によって受動的に統一されるだけの集合態にすぎないのである。

 

 サルトルが言うように、「実践的惰性的存在としての“階級的存在”は、加工された物質の受動的総合を通じて人間によって人間に来るのである(注16)」労働者階級なるものも、それが機械や職場によって受動的に統一された「社会的存在」であるかぎりでは「無力さ」を基礎にした惰性的な集合態でしかありえない。このレヴェルにおいて労働者の実践的な連帯性というものは存在しない。あるのは労働者としてのいくつかの条件の同一性なのだ。サルトルによれば「階級とは一つの実践的な連帯性ではなくて、かえって逆に連帯性の欠如による諸運命の絶対的統一である(注17)」

 

つまり彼は、「ありのままの労働者階級」は、社会の中に埋没し、機械や労働条件によって受動的に支配されるだけの集合態(大衆)にすぎないのであって、この集合態としての階級と、共通の目的を目指して共同で実践する闘争的集団としての階級とをはっきり区別する必要があるというのである。

 

そして、社会に埋没した集合態(大衆)という状態において労働者の疎外や物化という現象がはっきりとあらわれる。例えば資本家は利潤を追求するために機械・設備を所有し、労働者を管理するシステムを整え、労働条件を定めるのであるが、労働者は生活していくためには不可避的にそれらの実践的惰性態(人間の生産物)に従わなければならない。

 

ここにおいて、労働者(生産者)と生産物との間に主客転倒現象(疎外)がはっきりとあらわれる。つまり、生産の場面においては「生産物のほうが生産者を“意味づけ”、生産者は(…)生産物によって“意味づけられる”ものとしてふるまう(注18)」という事態がおこるのである。

 

 さらにいえば、生産の場だけでなく日常生活においても労働者は自らの階級的条件によって規定・支配されている。サルトルはこのことをドップ工場の女工が堕胎を行う場合を例に説明する。彼女は子どもを養うことはできないと判断して堕胎することを選ぶのであるが、すでにこの行為は彼女の階級的条件(低賃金労働者)によって決定されているのである。

 

 このように、集合態としての労働者は、機械、管理体制、などによって受動的に支配されるだけの、「疎外され物化された大衆」なのである。

 以上、われわれは実践的惰性態(社会的物質および集合態)について概観した。最後に実践的惰性態と人間の自由な実践との関係を簡単に見ておこう。

 

 確かに実践的惰性的分野は乗り越えがたいものとして存在し、人間を規定するものであるが、しかし、人間がそれによって完全に物化してしまうということはありえない。

 『存在と無』においてすでに明らかにされたように、人間は存在論的には物体と異なる自由な存在なのである。サルトルは言っている。「(…)自由な活動こそが、彼を押しつぶす一切のもの−芯の疲れる労働、搾取、抑圧、物価騰貴を、彼なりに自分の自由の中でとらえなおすのである(注19)。」

 

 そして自由な人間はこの乗り越えがたいもの(実践的惰性的分野)を自分なりに乗り越えるべきものとして把握することができる。つまり、確かに実践的惰性態は人間を取り囲み人間を規定するのであるが、人間は“それぞれの仕方で”この分野を把握し、その性格を内面化するのであり、また、内面化したものをそれぞれの行動によって再外面化するのである。このような意味において、人間はいかなる実践的惰性的分野においても完全に物化されてしまうことはありえず、存在論的には常に自由なのである。

 

 しかしながら、人間が「この社会において生存していくためには」必然的に彼をとりまく実践的惰性態の要求に従わざるを得ない。(例えば生きるためには働かねばならず、職場において機械の要求や諸制度の要求に従わねばならない。)

 

 サルトルは言っている。「ここでは自由とは選択の可能性ではなくて、一つの実践によって充たさるべき要求の形で強制を生きるべきその必然性のことを言うのである(注20)。」つまり、実践的惰性的分野において人間は「自由であると同時に疎外されている」わけである。個人的実践のレヴェルでは自由であることの一義的確証であったものが、実践的惰性態(社会的物質および集合態)のレヴェルでは「自由であると同時に疎外されている」という両義的確証となるのである。

 

第3節                           構成された弁証法(集団的実践)

 

 サルトルは主に歴史の能動的原動力になるような闘争的な集団を扱いながら集団的実践というものを記述し、解明していく。

 

 集団は、集合態(実践的惰性態)の否定、あるいは逆転として構成される。集合態(大衆)として社会的物質によって受動的に支配され疎外・物化されていた諸個人は、集団を形成し共同の実践を行うことによって本来の活動性を取り戻し、疎外から回復することが可能になる。そしてまた、集団を形成することによって人々は自らを支配していた社会的物質に働きかけ変革したり、それらを諸個人の手に取り戻していくことも可能になるのである。

 

 すでに見たように、集合態においては全ての人々が誰でもいい誰か(他者)として存在し、「無力さ」をもとにした惰性的人間関係が支配的であったのに対して、集団においては諸個人が共同の実践を行う「我々」という意識を持ち、濃密で活動的な人間関係が形成されるのである。

 

 このように集団というのは、(疎外・無力さ・他者性・惰性的人間関係等を特徴とする)集合態のまさに反対物というべきものであり、集合態の否定・逆転という仕方で形成されるのである。

 

 しかしながら、集団はあくまでも集合態から出発し、集合態を土台として形成されるのであり、その惰性的構造を保有している。したがって、「集団はいかなるものであれ、群集の惰性的存在の中に再転落する理由を自らのうちに含んでいる(注21)」のである。

 

 そして、集合態に再転落する危険に対抗して、集団は次第に単純なものから複雑なものへと転形していく傾向がある。サルトルはこのような集団の転形(「溶融集団」⇒「誓約集団」⇒「組織集団」⇒「制度集団」という変遷)をダイナミックに記述・展開している。

 

 これは、しだいに成員間のつながりが人工的に強化されていく過程であると同時に、集団の真の活動性が次第に失われていく過程でもある。

〔集団的実践は、決して超有機体(巨大な生命体)の活動なのではなく、あくまでも諸個人の実践によって「構成された弁証法」であることには注目する必要がある。〕

 以下、順を追ってこの集団の変遷を見ていこう。

 

@  溶融集団

集合態を否定することによって、その直接的対立物として形成された最初の集団、それがすなわち「溶融集団」である。それは、成員がひとつに溶け合った活動性そのものであるような集団である。(フランス革命においてバスティーユ牢獄を襲撃したパリ市民の集団や、日本における初期段階の「全共闘運動」などを想起されたい。)

 

このような溶融集団は何を契機として生まれるのであろうか。それは多数の人々に対する共通の脅威である。歴史の原動力となるような闘争的集団、実践的惰性的分野に働きかけそれを変革しようとするような活動的集団は、共通の脅威(支配者の暴力、飢餓、公害…)を契機として生まれるのである。

 

サルトルは言っている。「集団は共同の欲求または危険をもとにして構成され、その共同の実践を規定する共同の目的によって規定される(注22)。」つまり諸個人は共同の欲求・共同の危険に対応するために、共通の目的を目指す共同の実践(集団)を形成するわけである。

 

サルトルは、フランス革命におけるバスティーユ監獄の襲撃という歴史的事件に即して記述を行っている。革命当初における共同の実践そのものであるような活動的集団、成員の間にまったく差異がなく人々がひとつに溶け合って行動するような集団、これこそが溶融集団の典型的なものである。

 

この溶融集団は「いまだ構造化しておらず、すなわち全面的に無定形であるが、他者性の直接的反対物(注23)」である。つまり、集合態においてはすべての人々が「誰でもいい誰か(他者)」であったのに対して、このような無定形の溶融集団においては「他者」なるものはもはや存在せずもろもろの「私自身」だけが存在するのだ。

 

そして、溶融集団においては、いまだ構造化(差異化)が行われていないため、特定の主権者は存在せず、いわばすべての人が主権者(主宰者)なのである。したがって溶融集団というのは、まったく平等な主宰者である諸個人の活動的な(自由な)実践によって構成されるのである。

 

それでは、この溶融集団における成員同士の人間関係はいかなるものであろうか。それは「媒介された相互性」と呼ばれる濃密な人間関係である。溶融集団の内部においては「相互性」という基本的な人間関係が二重の意味で媒介され統一されている。

 

この媒介は第一に、共通の目標を目指す共同の実践(集団)そのものによる成員間の媒介である。溶融集団において、諸個人は集団によって(=共同の実践によって)媒介され統一されるのである。

媒介は第二に各成員(第三者)による媒介である。われわれは第一節の「三元的人間関係」のところで、第三者が二元の相互的人間関係を「ひとつの全体として統一する」ということを見たが、この溶融集団においては各成員がそれぞれ第三者となって「集団内の諸個人を全体として対象化・統一」するのである。

 

ただ、この第三者としての各成員は決して集団の外から集団内の諸個人を「彼ら」として把握・統一するのではなく、集団内で共同の実践を行いつつ、集団内の諸個人を「我々」として把握・統一するのである。

 

以上のように、「共同の実践」(=集団)によって、各成員(=第三者)によって、集団内の相互的人間関係は二重に媒介されるのであり、そのことによって「媒介された相互性」と呼ばれる濃密な人間関係が成立するのである。

 

ただ、このような人間関係が成立するのは集団の熱い実践のさ中において、なのである。言い換えるならば、溶融集団における人間相互のつながり、その統一性は「実践的統一性」なのである。

共同の実践行動そのものであるような無定形の集団、他者というものが存在せず諸々の「私」だけが存在するような集団、各人がまったく同等にして自由な主宰者であるような集団、熱い実践行動のさ中で「媒介された相互性」という濃密な人間関係を形成する集団、以上が「溶融集団」の特徴である。

 

A  誓約集団

溶融集団というのは、まさに共同の実践行動そのものであるような集団であるが、革命的行動のような熱い実践は決して永続的に行われるわけではない。激しい行動(例えばバスティーユ牢獄の奪取)が休止すると、集団は「活動する集団」から「存続する集団」へと移行するのである。

 

ところが、すでに見たように溶融集団の統一性は、まさに共同の実践行動のさ中においてのみ成立するのであるから、実践行動が休止することによって、集団が解体し、集合態へ転落してしまうという危険が生じる。そこで人々は、このような集団解体の危険に対抗して集団を存続させていくために、相互に誓約を結ぶのである。この誓約というのは集団が集合態へと転落してしまうことを防ぎつつ、成員を統一し集団を存続させるために導入する人工的惰性とも言うべきものである。「自由が自力で、“媒介された相互性”の中において、自己の惰性を自ら創り出しつつ集団の永続性を打ち立てるために共同の実践となる時、この新しい規格は“誓約”と呼ばれる(注24)」

 

この実例としては、フランス革命におけるテニスコートの誓いなどが挙げられる。このような誓約を人々が相互に結ぶことによって「誓約集団」が成立するのである。

 

誓約を結ぶことによって諸個人は同胞として(あるいは「共同的個人」として)規定される。人々は集団を存続させるために相互に誓約を結び集団内の個人を同胞として規定するわけである。ところが、誓約によって成立したこの同胞性というのは、実は暴力と不可分である。なぜならば、自分たちを「同胞」として規定することによって各人は各人に対して裁判権を持つようになり、もしも誓約を破る者があればその者は処罰されることになるからである。それは、集団を存続させるという目的のために行使される暴力なのである。このような意味における誓約集団の規格をサルトルは「同胞性=恐怖(テロル)」と名づける。

 

ところで、溶融集団においては集団が全く無定形であったのに対して、誓約集団においては機能分化・役割分担というものが発生する。成員に対しては、それぞれの役割を果たすことが要求されるのであり、集団のために自らの役割を果たすということもまた、誓約の中に含まれる。

このように、誓約集団においては集団を存続させ、集団のためにそれぞれが役割を果たす、という「誓約」によって諸個人が統一されるのである。サルトルは、このようにして成立する誓約集団の人間関係を溶融集団における「媒介された相互性」に対して「加工された相互性」と名づけている。

 

成員が相互に結ぶ誓約というのは、成員間のつながりを強化するものであると同時に、人工的に導入された惰性(他者性)でもある。このような惰性(他者性)は集団が組織集団、制度集団へと複雑化していくにつれて次第に増大していくのである。

 

B  組織集団

 

誓約集団においてすでに萌芽的にあらわれていた機能分化(任務の分配)が、集団そのものの構造を形成するまでに定着された時、組織集団が成立する。溶融集団においては、すべての成員が同等の主宰者であり、成員間の差異というものが存在していなかったのに対して、この組織集団においては、機能分化(任務の分配)によって成員間の差異というものがはっきりとあらわれるのである。

 

溶融集団の成員は、差異化されていない全く同等の主宰権を持っていたのであるが、組織集団においては集団の機能分化・構造化の結果、はっきりと分化した「職務」が各成員に与えられるのである。組織集団の段階で成立するところの機能分化・構造化(任務の分配、職務の決定)というのは、一方では集団が集合態へと転落するのを防ぎ、集団としての機能の存続を可能にするのであるが、他方では集団内における惰性・他者性というものを増大させることになる。集団における機能分化・構造化の進行過程というのは、同時に集団内における人工的惰性・他者性の増大過程なのである。

 

以上のように、組織集団においては、組織(職務の決定・分配等)が集団の構造として定着するのであるが、この構造というのは先に述べた実践的惰性態と同一のものではない。各人は定められた職務によって疎外され、物化されるのではなく、〉共通の目標を実現するためにそれを自由に引き受けるのである。

 

例えばフットボールチームという一種の組織集団において、各人のプレーというのはすでに定められた職務によって規定されているのであるが、各人は共同の目標(試合で勝利を得ること)を目指して自らの果たさねばならない職務を自由に引き受け、それを実現する」のである。サルトルによれば、ここでは「必然性としての自由と、自由としての必然性との等価性(注25)」が成立する

しかしながら、規模の大きな組織集団になってくると、フットボールチームのように絶えず全員で共通の目標を確認していくということはできなくなる。特に組織集団が、様々な職務からなる差異化した構造を広範囲の社会空間の中に散在させているというような場合がそうである。空間的な分離のため、各人は共通の目標を目指すわれわれ、という意識を持つことが困難になり、集団としての活動性を真に実現することができなくなってくる。

 

そのため、集団内での人間関係は惰性化されていくのであり、この段階における人間関係は、溶融集団・誓約集団における「媒介された相互性」でも「加工された相互性」でもなく、「惰性的な相互性」の名をもって呼ばれるのである。

 

そしてまた、組織化・構造化の進行につれて、集団全体の統一性も活動的なものからしだいに惰性的なものになっていく。

 

C  制度集団

 

大規模な集団の統合力をさらに強化するために制度というものが形成されると、そのことによって制度集団が成立する。ここにおいて組織(職務の分担等)は制度として固定され、成員間の分化・差異化は位階制(ヒエラルヒー)へと転じる。この位階制というのは単に個々の成員の間に形成される差異化・序列だけでなく、複数の集団の間に形成される(上位集団・下位集団という)階層化という形で実現されるのである。

 

そして、このような制度集団において、「“共同的個人”はそれ自身が“制度的個人”に変貌する(注26)」

制度集団というのは、確かに一方では集団の統合力の強化としてあらわれる。しかしながら、統合力を強化するためにとめどもなく人工的惰性(制度・位階制…)を導入するわけであるから、集団は「凝固化」し、その惰性は極限にまで増大する。それに応じて集団の人間関係というものも極端に惰性化され「他者性の相互性」あるいは「無力さの相互性」とでもいうべきものになる。

 

制度集団において人々は、制度によって受動的に規定され受動的に統一される無力な個人となる。ここにおいて、制度が一つの「意味するもの」となり、人間が制度によって「意味されるもの」となるのであり、「主客転倒現象」「人間疎外」といった現象が発生する。

 

(このような傾向を強く有するのが「官僚制」である)

以上のように制度集団というのは集団の統合力を強化するために形成されたものでありながら、その成員の新の活動性は失われ、ほとんど集合態と変わらないものになってしまうのである。

集団は本来、実践的惰性的分野に埋没していた大衆(集合態)が「疎外」・「無力さ」を突き破って本来の活動性(自由)を回復して行くための実践だったのであるが、制度集団における個人は「疎外された無力な大衆(集合態)」とほとんど区別することができない。かくして制度集団とは「共同体の堕落した形態(注27)」なのである。

 

それまで多少とも集団内に分散していた主宰権(主権)が、この制度集団においてはしだいに上位集団へと制度化されて委任されてゆき、特定の少数者に(さらには一個人に)主権が集中される。ここにおいては、主権者(権威者)だけがただ一人自由なのであって、他の成員はみな主権者に服従しなければならないのである。

 

最後に、制度集団の一種である主権集団(=国家)および官僚制についてみておこう。

国家とははっきりした主権を備えた制度集団である。国家においては主宰権(主権)というものが中央の国家機関に集中させられ、その中心をなす少数者(さらには一個人)が公権力を独占的に握るようになる。

 

そして、この国家権力(公権力を握った少数者)は、集合態(集列体)としての大衆に働きかけ、その操作・操縦を行うようになる。サルトルの言うように、国家権力とは「惰性的集列体の操作を要求する集団(注28)」なのである。国家の水準にあらわれるこの大衆操作の実践は「外的=条件づけ」と名づけられる。サルトルは、この「外的=条件づけ」について、ベストセラーのリストを発表することによってレコードの売り上げを伸ばしていくという集列体操作と、ヒトラー体制下の大衆操縦によるユダヤ人排斥主義の形成、という二つの例を挙げて説明している。(日本でも明治以降、国家による大衆操作は徹底的に行われた。)

 

主権集団である国家は、いつの時代においても(報道機関・教育…を握ることによって)大衆の操作操縦を試み、権力の維持・発展をはかるのである。

国家の水準においては多くの場合「官僚制機構」が成立する。ここでは、諸個人の間および複数の集団の間で膨大な位階制(ヒエラルヒー)が形成され、確立される。国家における「主権者」は、集列的な大衆を支配するため、位階の末端に下位集団を配属して大衆と直接に接触させるのである。

 

このような国家官僚制の水準においては大衆支配の膨大な体系が成立する。ここでは頂上における一部のものを除いて人間的なものが全面的に疎外され抑圧されるのである。このような官僚制機構は資本主義国にも社会主義国にも見られるが、その弊害は、構築途上の社会主義国家よりもむしろ、資本主義国のほうがより軽減されてあらわれるのである。

 

〔資本主義の場合、階級対立によって国家に対抗する複数の集団が形成されるため〕

 以上、われわれはサルトルのダイナミックな集団論を追ってきた。彼の集団論によって特に明らかになったことは次の点である。

 

 集団とは決して超有機体(大きな生命体)の運動ではなく、あくまでも諸個人によって「構成された弁証法」にすぎないのであるから、常にバラバラな集合態へと転落する危険性を有しているということである。そして、この危険性に対処しつつ、統合力を強化していくために、集団は内部に人工的惰性(誓約・組織…)を導入し、しだいに「溶融集団⇒誓約集団⇒組織集団⇒制度集団」へと複雑化していく傾向がある。この傾向は、集団の規模が大きな場合や、外部から強い圧力がかかる場合(例えばフランス革命時における「革命政権」や、ロシア革命後に成立した「ソヴィエト政権」などの場合)特に顕著であるように思われる。

 

 集団というのは本来、実践的惰性的分野に埋没していた大衆が、その疎外感・無力さを突き破って活動性(自由)を取り戻す実践だったのであるが、このような集団の複雑化に伴って、次第にその活動性は失われるのである。

 

(このような「傾向的法則」をはっきりと認識しつつそれに対処していくことが「人間解放」を目指す場合、極めて大切な課題となるであろう)

 

 『サルトルとマルクス主義』の中で竹内芳郎氏の指摘していることであるが、集団的実践に関するサルトルの社会力学的考察を背後から支えていたものは、「旧ソ連」に見られたような「社会主義革命の変遷と官僚政治化」とをいかに弁証法的に可知的なものにしていくかという切実な現代的要請だったようである。

 

 スターリン主義を克服していくためには(あるいは「人間を解放する別の社会」を創っていくためには)何よりもまずスターリン主義を生み出した社会力学的機構の徹底的な解明・明確な認識を行い、しかる後にそれを乗り越えていく方向を探求していくのでなければならない。「人間を解放する新しい社会主義社会」の建設が可能であるとすれば、あくまでもスターリン主義的官僚政治の成立という歴史的事実から出発し、それに学びつつそれを乗り越えていくことが決定的な条件なのである。

 

○具体的なものの水準 = 歴史の場

 

以上、われわれは「構成する弁証法(個人的実践)⇒反弁証法(実践的惰性態)⇒構成された弁証法(集団的実践)」という弁証法的発展をたどってきた。ここにおいてはじめてわれわれは「具体的なものの水準 = 歴史の場」に一歩踏み込むことができる。

 

すでに述べたように、諸個人の実践(および諸集団の実践)が客体化し固定することによって「実践的惰性態(政治機構、社会構造、生産様式…)」が形成されるのであるが、この分野は先行する世代の実践によって形成されたものとしてすでに存在し、人間を根本的に規定・支配するのである。

 

そして、人間は生活物資を生産することなしには生きていけないがゆえに、実践的惰性態のなかでも特に生産様式というものが重要な意味を持ってくる。まさにこのレヴェルにおいて史的唯物論における歴史の傾向的法則といったものも成立するのであり、また、このような実践的惰性的分野の客観的把握が、社会・歴史を解明していくための重要な鍵となるのである。

 

実践的惰性的分野(特に生産様式)を土台として、人間は様々な「社会的実在」を形成する。この「社会的実在」というのは、すでに見てきた社会的カテゴリー(種々の「集合態」、「溶融集団」、「誓約集団」、「組織集団」、「制度集団」)に包摂して解明していくことが可能である。

 

ただ、これらの社会的カテゴリーというのは決して固定されたものではなくダイナミックに転変し得るものであり、そのため現実の「社会的実在」は既述した社会的カテゴリーの何れかに収まってしまうものではない。

 

例えば、「労働者階級(プロレタリアート)」という社会的実在についていうと、それはある場合には惰性的集合態として、他の場合には溶融集団または誓約集団として、別の場合には組織集団または制度集団として考察し解明していかねばならないのである。

 

実践的惰性態(特に生産様式)が「歴史の受動的原動力」だったのに対して、集団的実践というのは「歴史の能動的原動力」というべきものである。だが、歴史の原動力となるような集団的実践というのは、具体的にはどのような形をとるのであろうか。それは「階級闘争」である。

 

歴史の原動力としての集団的実践は、「希少性の環境のもとにおいては」被支配者と支配者との闘争、つまり階級闘争という形をとるのである。(歴史的に見ても「階級闘争」は古代から繰り返された「中国の農民反乱」、「中世ドイツの農民戦争」、「フランス革命」、「ロシア革命」、「第二次世界大戦後の植民地解放闘争」などにおいてはっきりとあらわれた。)

 

このような歴史の原動力としての階級闘争を解明し、理解していくためには、サルトルが展開したようなダイナミックな集団論を基礎にする必要があるのであって、教条主義的マルキストの「生産力主義」、「経済主義的一元論」をもってしては、階級闘争の解明は不可能なのだ。

 

確かに階級闘争というのも「生産様式」を土台に構成される。しかし、この「土台」というのも「諸個人の実践によって形成された実践的惰性態」なのであり、まして階級闘争はこの実践的惰性態を乗り越えるために「構成された弁証法」つまり集団的実践なのである。

 

以上のようにサルトルは、『弁証法的理性批判』の膨大な仕事によって、教条主義的マルキストの主張するような平板な客観主義的一元論をのりこえて、史的唯物論を個人的実践の弁証法と、その客体化(疎外)の弁証法と、集団的実践の弁証法によって立体的に再構成したのである。

 

この仕事がマルクス主義に対して持つ意義について竹内芳郎氏の要を得た説明があるので少し長いが引用しておこう。

「@(個人的実践)の水準では、史的唯物論の最深の原理があくまでも生きた諸個人の活動にあることを明示することによって、生産力主義(または経済主義)および社会有機体説などの虚妄を暴き、A(人間関係)の水準では、人間関係というものの根源的な実存性または実践性を明示することによって、そもそも「人間関係の物化」とはいかなることかを真に理解しうる道を拓くことができた。またB(加工された物質としての実践的惰性態)の水準にあっては、いかなる特定の歴史的社会の経済機構にも還元できない「原始的疎外」なるものを摘出することによって、人間疎外のおよぶ射程はどの範囲のものか、社会主義社会でも疎外はありうるか(…)などを問題にし得る基礎的地平を開きえたし、また、歴史の法則性なるものを疎外論から把握してゆくことによって、史的唯物論を実証主義的にではなく弁証法的に構成する使命を真に果たすことができた。つぎに、C(社会的存在としての集合態)の水準では、社会的存在または階級的存在を惰性的な集合態として捉えることによって、ブルジョワデモクラシーの礼賛論やプロレタリア革命の「自然成長性」論などに痛撃を加え、(…)大衆社会論の射程をはかる理論的装置を準備することもできた。最後にD(集団的実践)の水準においては、革命的実践集団を社会力学的に研究する道を拓くことによって、マルクス主義が単に資本主義社会のみならず共産党および既存の社会主義社会そのものを、つまり自己自身を研究対象とすることがはじめて可能となり、かくして結局、以上の(…)構造的 = 社会主義的人間学の総体をもってして、史的唯物論は「社会学的研究の落丁」という積年の貧血症から快癒する方途を、己の基礎理論そのものという最深部において準備することができるようになったわけである。(注29)」

 

以上、ここに挙げられたものだけを見ても『弁証法的理性批判』におけるサルトルの仕事の意義・成果がいかに膨大なものであったか、ということが分かるであろう。『弁証法的理性批判』においてサルトルは、従来のマルクス主義を乗り越えつつマルクス主義を真に生かすための土台を構築したのである。

 

特に、『批判』のマルクス主義に対する大きな意義というのは、「社会学的人間学」を形成することによって、マルクス主義に本来の「発見学」としての機能を回復させるための道を開いたということである。

従来のマルクス主義における人間社会についての理論と言うのは「社会を経済的土台と上部構造に分類し、後者は前者の反映である(時には反作用もあるが)」とする単純な図式でしかなかった。これに対してサルトルは、構造的(社会学的)人間学を弁証法的に構築することによって、マルクス主義の内部に社会学の諸成果を包摂し、マルクス主義が「現代社会」を徹底的に解明していくための道を開いたのである。

 

この仕事によって、「実践的惰性態」、「種々の集合態」、「溶融集団」、「誓約集団」、「組織集団」、「制度集団」等の諸々の社会的カテゴリーの中に社会学の諸成果を包摂し、生かしていくことが可能となったのであり(例えば大衆社会論は「集合態」のカテゴリーに包摂)そのことによってマルクス主義が複雑きわまる現代社会を真に解明していくための道が開かれたのである。

 

サルトルは『弁証法的理性批判』によってマルクス主義を本来の発見学として、(現実を改革していくために現実を徹底的に解明していくという意味での発見学として)生かしていくための土台を構築したのである。

 

以上、『批判』における仕事がマルクス主義に対して持つ意義についてみてきたが、同様に『批判』はサルトルの旧著『存在と無』の乗り越えという意味でも大きな意味を持つ。

(…中略…)

 このように、『批判』において問題にされる状況というのは、(『存在と無』において記述された)無意味・無構造的な所与ではなく、すでに何らかの意味・構造を持って人間を規定する社会的・歴史的状況なのであり、人間も真に具体的な「社会的・歴史的存在」として記述される。

 

 人間はすでに成立している社会的・歴史的状況に規定されるのであり、このような状況の性格を様々な媒体(家庭・学校・地域社会・職場…)を通じて内面化していくのである。人間の行動というのは、このように内面化したものを再外面化するということであり、この意味において人間の行動は自らのおかれている社会的状況によって全面的に規定されているのだ。

 

 確かに人間は、この社会的状況(社会の性格)というものを、それぞれに固有の仕方で内面化し、彼自身に特有の仕方で再外面化する自由な存在である。しかし、人間が社会的・歴史的状況によって規定されているということは、やはり事実なのである。

 

 サルトルは次のように言っている。「個人は自分の様々な社会的決定因を内面化します。彼は生産関係、幼少期の家庭、過去の歴史、同時代の諸制度を内面化します。ついで彼はこれらのものを行為と選択として再外面化しますが、これらの行為と選択とは、われわれを必然的に、内面化された一切のものへと送り返すのです。『存在と無』には、こうした全てのことが少しも書かれていなかったのです。(注30)」

 

 これは、1969年に行われたある対談におけるサルトルの言葉である。この言葉からも察せられるように、サルトルは旧著『存在と無』における自らの哲学の弱点を乗り越えて「状況における自由」としての人間を、社会的・歴史的状況における社会的歴史的存在として、真に具体的なレヴェルにおいて把握しているのである。

 

終章へ

 

     付記  

 

 『弁証法的理性批判』は史的唯物論の哲学的基礎付けを意図した仕事であったが、後にサルトルは、マルクス主義の再構成と乗り越えの必要性を強調するようになる。

 

 以下は『文化と革命』(竹内芳郎著)の「変貌するサルトル――1968年〈5月〉以後」からの引用である。

 

 「社会主義と自由の結合」、「完全な民主主義に依拠する社会主義の新しい概念」がめざされ、〈自由〉の概念こそ〈階級〉概念よりもさらに重要で根源的なものだとして、いたるところで自由が強調されるようになっている。

 

 さらにまた、「マルクス主義はそれを産んだ状況がまだ乗り超えられていないため、のり超えることのできない現代の哲学だ」とする(・・・)マルクス主義観もかなり姿を変えて、「今日必要なのは、マルクス主義を考慮に入れつつもこれを乗り超える思想、これを投げ棄て、再び拾い上げ、おのれのうちに含みこむ思想だ、と私は思う。これが、真の社会主義に到達するための条件なのだ」、と主張されるようになっている。(・・・)

  

 すなわち、高度資本主義社会の客観的構造自体の変貌にもとづいて、いまや革命の論点は変わった。かつてのような物質的〈欲求〉を核としたものから自己権力と自主管理の〈自由〉を中心としたものへ、〈所有〉の問題から〈権力〉の問題へ、〈窮乏化〉への抵抗から〈疎外〉の克服へ、といった具合に。

 

 このような革命を目指すあらたな社会主義社会にとって、ソ連をはじめとする既成の社会主義は、もはやモデルとしての意義を完全に失った(196頁〜198頁)引用は以上。

 

 なお、私自身は竹内芳郎の『国家と文明』こそが、上記の赤字にあたる思想であると考えている。(竹内は『資本論』や「史的唯物論」、さらには『弁証法的理性批判』で展開されている理論を徹底的に理解吸収した上で、それらを再構成し乗り越えていったと思われる。)

                         (本文は以上)

 

終章へ 

 

(注)

1、弁証法とは、ヘーゲルの提唱した「ダイナミックな運動・発展」の理論。その特徴は分裂や対立が運動・発展(成長)の原動力である、という考え方。また、事象を分析的に個別化していくのではなく、常に他の事象とのかかわりの中へ、より広い全体の中へ位置づけ構成していくという「認識や精神の働き」を重視する点もその特徴である。

 

2、『方法の問題』人文書院 33

3、『方法の問題』人文書院 36

4、『方法の問題』人文書院 30

5、疎外というのは、人間独自の活動・労働が何らかの客体的なものとして自立化し、人間には疎遠な固有の法則性によって人間を支配するものとして人間に対立すること。

(そうした事態が人間の人格や心理にもたらす結果〔無力感、強迫観念等〕も含めて一般に人間疎外といわれる)

6、『弁証法的理性批判 T 』人文書院  32

7、『弁証法的理性批判 T 』人文書院  90

8、『弁証法的理性批判 T 』人文書院 100

9、『弁証法的理性批判 T 』人文書院 128

10、『弁証法的理性批判 T 』人文書院 135

11、『弁証法的理性批判 T 』人文書院 126

12、『弁証法的理性批判 T 』人文書院 225

13、『弁証法的理性批判 T 』人文書院 152

14、『弁証法的理性批判 T 』人文書院 179

15、『弁証法的理性批判 T 』人文書院 211

16、『弁証法的理性批判 T 』人文書院 283

17、『弁証法的理性批判 T 』人文書院 370

18、『弁証法的理性批判 T 』人文書院 382

19、『弁証法的理性批判 T 』人文書院 386

20、『弁証法的理性批判 T 』人文書院 338

21、『弁証法的理性批判 U 』人文書院  13

22、『弁証法的理性批判 U 』人文書院  14

23、『弁証法的理性批判 U 』人文書院  23

24、『弁証法的理性批判 U 』人文書院  94

25、『弁証法的理性批判 U 』人文書院   9

26、『弁証法的理性批判 V 』人文書院  39

27、『弁証法的理性批判 V 』人文書院  39

28、『弁証法的理性批判 V 』人文書院  94

29、『サルトルとマルクス主義』紀伊国屋書店 82頁』

30、『シチュアシオン\』人文書院 82

 

 

ホームへ